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祈 商売繁盛!

こんばんは☆

今日はボス夫さんの仕事が終わってから一緒に、十日戎に行ってまいりました。
一年間のご加護にお礼を申し上げて、昨年(記事はコチラ)の笹飾りをお返しし、改めて新しい笹をいただきます。
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今年も境内は大変な盛況っぷりです!とても本殿前まではたどり着けそうになかったので、少々失礼ながら
脇に寄ったところから拝ませていただきました(^人^;

今年の笹はこんな感じ☆
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下から絵馬、人寄せ、エビス神の御顔つき熊手。

戎大祭期間中はお清めした立派な福笹が神社から授与されていますが、あまりにも立派過ぎて
ウチの狭い玄関には置けませ~ん(^^;
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境内内にある露店で購入した小さな笹ながら、去年もなんとか倒産の憂き目に遭うことなく無事乗り切れましたので
ちゃんとご利益があるんだと信じて・・・(^人^)
ちなみに去年と同じ店で買ったのですが、今年の笹の方がたくさん葉もついていて瑞々しく元気な感じ!
これはもしかして幸先良いかも~☆☆☆

・・・・・・・・と気を良くしながら屋台をひやかしたり。
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左:ネギ焼きによく似た味のまるまる焼き♪モチモチの生地が美味~(*^^*)
右:甘辛いタレの牛スジ焼きは七味を振っていただきます☆弾力ある歯応えの赤身とプルプルコラーゲンたっぷりの
  脂身の比率が絶妙(≧▽≦)また鉄板からめっちゃエエ匂いが立ち上るんだなこれが💛

お祭り気分を十分に味わってから帰宅の途についたのですがここで、思わぬアクシデント発生!

(以下、裏あすもがお送りします)

戎神社まで車に乗って来たウチら。神社に一番近い駐車場が運良ぉ空いていたんで迷わず停めたんです。
料金の方はどうやらお祭り値段らしいけど、この辺りの相場は元々高めなのでまあエエか、と。
で。。。いざ支払いの段になって、この駐車場では駐車位置番号を入力して提示された金額を払たら
ロック板が下がって出庫できる、とまあごく一般的な自動支払機やったんですね。事前に番号を確かめてへかって
自車の前まで走って番号を確認せなあかんとか少々モタついたものの、入力して清算ボタンをプッシュしたら
ちょうど1000円やった。これはこれでぼったくられ感満載やねんけど、まあお祭りやしね。
半分はお賽銭(イヤ神社とは何の関係もないけど^^;)のつもりで、千円札を投入しました。

・・・が。これが何度やってもなぜか突き返される。
『要らんのかいっ!』と機械にツッコんでたら、近くにいた警備のおっちゃんから衝撃の一言が!!

『これ、500円玉か100円玉しか使えしませんで』

いやいやいやいや!ここまで来てそれはないやろ!!硬貨で1000円て!!!
ふたりの財布を探しまくってかき集めてみたけど100円玉は6枚しか見つから~ん(><)

仕方ないんで隣にあった自販機でお金を崩すべく、たいして飲みとぉもないお茶を買う羽目に。
千円札を投入してボタンを押して・・・・・アレ?また突っ返されたんですけど??どないなっとんねん!!

よぉ見たら釣り銭不可のランプが光ってるじゃあ~りませんか。
うーむ、すでに同じワナにはまった人がぎょうさん居るっちゅうわけやね~とか感心してる場合とちゃう。
もうちょっと先の自販機に走ってみたんやけど、ああ人間考えることは皆同じ。
ここもあそこもどこもかしこも目につく自販機は全部釣り銭切れやないかーい!

さらに離れた路地の奥を探してようやっと釣り銭の出る自販機を見つけたら、これがお得な100円コーヒーやん!
おおっ!さっそくえべっさんのご利益か?いやあまりにちっちゃいけどな数十円て。
いやいや十円を笑うモンは十円に泣くっちゅうしね。ありがたーく釣り銭の900円を握りしめて再び猛ダッシュ。
再び駐車位置番号を入力・・・・・

は?1500円になってるぅぅぅぅぅっ!!

いやいやいやいやいやいやい~~~や~~~!なんぼなんでもそれはないわ。
そっちが硬貨でよこせっつうからこっちゃ駆けずり回って工面してきたんやんか!いうて10分も経ってへんし!!
よしんば時間が過ぎてたとしても30分500円はぼったくり過ぎやろ!サラ金でもそない取らんわイヤ知らんけど。
なんやキミはナニワの銀次郎かっ竹内のアニキかっ!!

言いたいことは山ほどあれど、機械相手にツッコみ続けたところで時間ばかりが無情に過ぎていくだけやし
とりあえずありったけの100円玉を投入してみたら、ちょうど1500円、おおギリギリセーフ。
これ以上のムダ金はなんとか使わんで済みました。

商売繁盛家運隆盛金運上昇の祈願に行ってこの展開ってどうなんやろかという気がせんでもないけど
まあなんとか車も出せたしね。ちっちゃい笹のご利益、だいたいこんなもんですわエエ。

・・・来年は電車で行こ。


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お稲荷さんのお札とえべっさんの福笹・・・なんか欲丸出しの玄関になった気がする件(笑)
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地蔵盆

こんにちは♪

彼氏クンと神戸でデートという娘を駅まで送る道々で、赤白の提灯を見かけました。
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娘が長じてからはすっかり縁遠くなってしまいましたが、昨日から今日にかけて京都の各町では
地蔵盆が行われています。

地蔵信仰では毎月24日を地蔵会としますが、盂蘭盆会の期間にあたる旧暦の7月24日(新暦では8月)の
地蔵会をとくに地蔵盆と言い習わします。寺社の地蔵尊ではなく、各町に祀られている『お地蔵さま』のお祭りで
早朝から近所の方々が総出で地蔵像を洗い清め、前垂れを着せ替えてお供え物を奉じます。

ずっと全国区のお祭りだと思っていたのですが、実は関西地方を中心に一部地域の風習で
元々地蔵信仰の薄い関東地方や東北地方にはほとんど見られない風習なのだとか(@0@)

京都では、町内に子供が生まれると男の子なら白、女の子なら赤の提灯に名前を書いてを奉納するのですが
この提灯はその子供が地蔵盆に参加している間はずっと毎年、お地蔵さまの祠の上に飾られます。
すっかり支度が整うと、町内中の子供たちがお地蔵様の前に集まり、お坊さまに経をあげてもらって
ご加護を祈祷していただきます。普段は賑やかな子供たちもこの時だけは神妙に頭を下げる様子が
とても微笑ましいんです(*^^*)

読経と法話が済めば、ここからは子供たちのためのお祭りで一日中いろいろなイベントが催されます。
地域によっても違いはあるかと思いますが、わたくしの経験ですとだいたい1時間おきに
『お菓子』とか『ソフトクリーム』とか『水風船』などをもらっては、祠の前に敷いたござに座って
日がな一日近所の友達と遊んだり紙芝居を見たりしていました。

イベントの中で最も盛り上がるのが『福引』です☆
当時の景品は、メモ帳セットだの花火だの水鉄砲だのどれも他愛のないものばかりですけれど
一等や二等ともなると大きな箱入りの電車の模型やおもちゃのアクセサリーが詰まった宝石箱などが
用意されていたので、子供たちの気合の入り方もハンパじゃありませんでした(笑)

希望の物が当たったり当たらなかったりとそれはもう悲喜こもごもでしたが、
お互いのニーズに合わせて交換したり、お菓子と合わせてトレードを申し出たりと、子供なりに上手く
交渉し合ってそれぞれが落ち着くべきところに落ち着いたものです。

最近は公平にしましょうということで、ウチの町内でも全員一律に図書券が配られているようです。
景品を用意されるご苦労なども考えるとこれも時代なのかな~と思いますが、あのワクワク感を
今の子供たちが味わうことができないのはちょっと残念な気もしますね(^^;

すべからく子供たちのためのお祭りですが、昔のウチの町内では一番最後のイベントとして
『家庭福引』なるものが用意されていました。
その名の示す通り、景品がティッシュペーパーやトイレットペーパー、タオルに石鹸、はたまた
洗剤詰め合わせやビール箱と、ほとんどお中元の品のよう(笑)で、これはこれで大人たちも
かなり真剣に参加していたようですwww

一生分のくじ運をここで使い果たしてしまったのでは?と思いたくなるほど、当時のわたくしの
家庭福引における引きの強さは最強といっても過言ではありませんでした。
毎年、一等二等の『蓋つき食器水切り』(当時は食洗器など無く流し台の必需品でした)
『高級(と書かれてました笑)鍋セット』など、前も見えないくらいの大物を抱えて凱旋したのも
今となっては良い思い出・・・

昨今では少子化や高齢化、世話役である大人たちの予定が合わないといった理由で、日程を短くしたり
読経のみで済まさざるをえない町内もあると聞きます。
せっかく子供たちに恵まれているところでも、当の子供たちが冷房の効いた部屋でゲームばかりで
なかなか集まらないという話も・・・

子供たちだけでなく大人もご近所さんとの親睦を深め、お地蔵さまのご縁で人と人が繋がる地蔵盆。
どうかいつまでも続いてほしいものですね(*^人^*)

↓ついでにおうちごはーん☆

土用の丑

土用の丑・・・『土用』というのは中国思想の五行における雑節のひとつで、四立(立夏・立秋・立冬・立春)の
           直前約18日間ずつを指します。この土用の期間中に十二支で『丑』に当たる日のことを
           土用の丑といいます。
           つまり一年の中に4季、1季の中に1ないし2日ほど土用の丑の日が存在するのですが、
           特に夏の土用の丑の日のことを指す場合が多いようです。
           
           この夏の土用の丑の日には鰻を食べる習慣があるのはみなさま広くご存知のことでしょう。
           最も知られている由来は、夏場になかなか鰻が売れず商売がうまく行かない鰻屋のために
           かの平賀源内が『本日丑の日』と書いて店先に掲げたところ、たいそう繁盛し
           他の鰻屋も真似をしたことから全国にこの風習が広まったというもの。

           元々は丑の日にの字がつく物を食べると夏負けしないという
           言い伝えがあったそうですが、平賀源内の考えた日本初のキャッチコピーが功を奏し
           240年以上経った現代でも踏襲されているというわけですね!

           他に、土用の丑には黒いものを食べるとよいというのもよく聞きますが、
           元来五行における『土』のカラーは黄色(笑) たぶん『丑』の方角は北であるところから
           『北=玄武=黒』という四神相応思想からの発想や『鰻=黒い』イメージからではないでしょうか。
           実際に黒い食物は食物繊維やミネラルが豊富なものが多く、暑さに疲れた体の調子を整えてくれる
           働きがあります。

由来は『売らんかな』精神だったりこじつけだったりでも、ちゃんと理に適った旧来の知恵にあやかって
今年の夏も元気に過ごせるように願いを込めて作ったきのうの晩ごはんです(^^)
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うな寿司
しじみのおみそ汁
胡瓜と茄子の翡翠煮
ゴボウの胡麻マヨ炒め
卯の花

『う』の付く食べ物として卯の花を、『黒』い食べ物としてしじみのおみそ汁を添えます。
メインイベントのは今年は混ぜ寿司にしつらえてみましたよ♪
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 みじんに切ったニンジンと椎茸をお酒、めんつゆ、みりんで作った合わせダレに入れたら落し蓋をしながら
 柔らかくなるまで煮ます。細切りにした鰻と付属のタレを加えて一煮立ちさせたらそのまま冷まします。
 酢飯を作り、鰻の身が崩れないように混ぜ込んだらお皿に盛り付けて、花形に抜いて茹でたニンジンと
 錦糸卵、貝割れ、三つ葉を飾って完成です☆

中国で起こった食害の影響でしょうか。スーパーに中国産の鰻は見当たらず、割高な国内産を購入することに。
なのでたっぷりと3枚必要なうな重ではなく、細かく刻むことで少なくて済む混ぜ寿司しちゃいましたが(笑)
さっぱりとした酢飯との相性も良く、素人手製のうな重よりもイケるかも☆

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箸休めには、さっと炒めたゴボウをすりごまとマヨネーズで和えた一品と、夏野菜の翡翠煮を(^^)
 茄子は皮をむいて水にさらします。きゅうりもすべて皮を剥いて乱切りにしておきます。
 鍋に白だしと昆布を浸した水、お酒で出汁を作り火にかけます。沸騰したら茄子と胡瓜を入れて
 火を弱め落し蓋をしてじっくりと煮ます。茄子が柔らかくなったら火を止め煮汁ごと冷ましていただきます♪

胡瓜もすべて皮を剥くと、いつもとはまた全然違う食感が楽しめます。ホスホリパーゼという
脂肪を分解する酵素を含むといわれる胡瓜はビタミンやミネラル、食物繊維も豊富でダイエットにもぴったり!
水分量が多く身体を冷やすお野菜なので、たまにはこんな風に加熱して使うのもいいかもしれませんね(^^)

実は鰻の旬は、冬眠に備えて身に養分を貯える晩秋から初冬にかけてなのだとか。
夏のものは脂肪分も少なく食材としてはイマイチだそうですが、夏の暑さに疲れた胃には
痩せて脂の抜けた鰻の方が合っている気もしますね(*^^*)
 

祇園祭~夜の宵々山見記

しばらく席を外しておりましたm(_ _)m
なかなか時間が取れず先延ばしになっていた夜の祇園祭レポ、ようやくスタートです☆

7月15日は祇園祭の宵々山ということで、コンコンチキチンのお囃子が鳴り渡る風情の中
山鉾が並ぶ界隈にはたくさんの露店が軒を連ねそれはそれは大変な賑わいとなります。
例年ならば一日早い14日の宵々々山から、目抜き通りが歩行者天国となり夜店も並ぶのですが
今年は後祭が復活したことで日程が変更になり、15日の宵々山と16日の宵山の2日間だけしか
出店されません・・・ということは自然、いつもよりも人出が集中するということで
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こういう感じに(^^; これでもまだまだ序の口なんです!この日は夕立もなかったので非常に蒸し暑く
人混みの中に立っているだけで息苦しくなりそうです。とりあえず長刀鉾や月鉾など人気のある鉾は避けて
比較的人の少ない南の方へ足を運んでみました。

まず最初に出会った鉾がこちら
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船鉾はその名の通り鉾全体が船の形をしています。身重でありながら男装し、海戦に勝利したといわれる
『日本書紀』の神功皇后の新羅出船に由来しており、重量8.41トン、高さ6.7メートルの勇壮な鉾です。
元来、船の形をした鉾は2基あったそうです。ひとつは『出陣の鉾』といわれるこちらの船鉾。
もう1基は1864年の蛤御門の変の際に焼失してしまった『凱旋の鉾』ですが、これは今年大船鉾として
およそ140年ぶりに復活、後祭の巡行でしんがりを務めることとなりました(^▽^//~☆☆☆

船鉾で特徴的なのはなんといってもその舳先に据えられた金色の鷁(げき)でしょう!
これは宝暦年間に活躍した長谷川若狭の手によるもの。
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ちなみに「鷁(げき)」とは、中国に伝わる空想上の生き物で白い大型の鳥の姿をしており、風によく耐えて
大空を飛ぶところから、船首にその形を置いて飾りとしたそうです。
黒漆の舳先の造詣も非常に精緻で美しく、とても絢爛な印象ですね。
下水引は立体的に織られた龍の姿も勇ましく、重ねた青海波と相まっていかにも大海に漕ぎ出す船鉾に
相応しい装飾となっていました(*^^*)
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たぶんこれが本来の鷁(げき)の姿ではないでしょうか。

続いて船鉾のすぐ近くにあるのが
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岩戸山です。先日、山立ての様子を拝見させていただいたのですが、そのときはまだ木組みだけの姿。
宵々山を迎えて、いったいどのような装飾が施されているんでしょうか。とても楽しみです♪

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岩戸山の前に小さな岩戸山~(笑)なんとも可愛らしいミニチュアです(≧▽≦)
御神体3体のうち、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)は大屋根に乗せられているそうなんですが
このミニ岩戸山にもちゃんと鎮座なさってますね!とても精緻で、山の詳細がよく分かります♪

天井裏に描かれているのが「金地著彩草花図」。明治時代の日本画家、今尾景年の手によるものです。
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暗いので少々ピンボケしておりますが(^^;とても繊細で写実的な白菊や紅梅が美しいですね。
軒裏には今尾景年の弟子である中島華鳳によって描かれた「金地著彩鶺鴒図」が。
こちらもまた、生き生きとした筆緻で鶺鴒が舞い遊ぶ姿が表現されていて素晴らしい作品です!
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下水引(右上)は非常に繊細であでやかな織りが何層にも重ねられています。
一番上は鳳凰瑞花彩雲岩の波文様紋織。金地に鳳凰の舞う姿を彩色豊かに描き出し、華やかな中にも
品格を感じられる素晴らしい逸品です。
二番水引には緋羅沙地宝相華文様刺繍。鮮やかな緋色に金糸で縫い取られた華に惹きつけられます。
三番水引は紺金地雲三ツ巴五爪唐花文様綴織。濃紺地に浮かび上がる三ツ巴紋と金地に咲く五弁の花が
とてもモダンな印象です。

車輪の下を覗くと、浴衣地のような藍染の布が見えます。桐でしょうか。曲線を効果的に配した図柄が面白くて
思わずパチリ☆しちゃいましたwww(左下)
天水引は緋羅沙地鳳凰丸刺繍で下水引の二番水引と同じ緋色の地にこちらは丸紋に鳳凰の姿を配したもの。

岩戸山では粽も購入させていただきました。こちらはとくに『交通安全』のご利益があるのだとか。
・・・となれば、去年の11月に免許を取得した娘のために若葉マークがぺったり貼られたマイカーに乗せておける
可愛いサイズのこちらがぴったりでしょう!
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どうぞ、娘はもちろんわたくしの『ついうっかり』にも対応いただいて(笑)無事故無違反でいられますように・・・

こちらの岩戸山、今年の囃子方の大役を見事に果たされた京都花大黒ご店主さまのブログにて
装飾から巡行の様子にいたるまで、氏子さまならではの視点でより詳しく分かりやすくご紹介されています(*^^*)

続いては木賊(とくさ)です。鉾とほぼ同じ形態の曳山である岩戸山に比べると、こじんまりとした印象。
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『木賊(とくさ)』とは謡曲(世阿弥作といわれている)の題目。
 都の僧が、父を尋ねたいという少年松若を連れてその故郷である信濃へと下る。
 信濃国伏屋の里には我が子をさらわれた木賊(刃物を研いだりするのに使う草)刈りの老翁がおり
 父子は無事に再会を果たす。

御神体にあたる人形は、翁が一人寂しく木賊を刈る姿が象られたシテ(能における翁)が象られ
その木彫彩色の頭は、桃山時代の仏師春日の作と伝えられています。

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水引には日輪鳳凰文様綴錦道釈人物刺繍が重ねられ、胴掛には飲中八仙図綴織が使われています。
欄縁金具は非常に精緻な雲龍紋が施されていました。

この木賊山にお伺いしたのにはある目的がありまして・・・
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各山鉾にはさまざまな頒布品が売られているのですが、なかでも手ぬぐいはデザインも豊富で凝ったものが多く
人気商品なのだとか。その中でも特に力を入れてらっしゃるご様子なのが木賊山!
『とくさ』を中心にデザインされた手ぬぐいの柄は全部で8種類もあり、全て500円とお値段も良心的(笑)
今回わたくしがお目当てにしていたデザインはこちら☆
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紫地の柳に蝙蝠となかなかあざとい柄なのに、しっとりとした品があるのはさすがです!
季節ごとに玄関に飾っている手ぬぐい・・・今年の夏はこの蝙蝠柄でキマリ☆ですね(゚∇^d)

ご会所の奥に装飾品が展示されているのを発見!!あまり知られていないのか見物客の方も
ほとんどおられなくて、明るい灯りの下でじっくりと見学することができました。ラッキー♪♪
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白い垂れ幕の向こうに見えるのがご神体の翁像です。なんていうか・・・質感がすごくリアル(^^;
子どもを失い憂いに沈むその表情は胸に迫ってくるようでした。
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胴掛の中国故事人物図綴織(左)は鮮やかな青が効果的に使われた華やかな色調です。
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こちらは牡丹鳳凰紋というあでやかな見送。木賊山の装飾は全体にカラフルで、まるで東南アジア美術や
アフリカンアートにも通じるような印象を受けました(^^)

山鉾の合間にも楽しみはたくさんあるのが祇園祭♪
屏風祭と呼ばれているのが、各家、店に伝わる美術品調度品や屏風を飾り、軒先の格子を外して
道行く人にご披露してくださるもの。
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こういった文化財級のお宝が代々おうちに伝わってるなんてすごいですね~(@0@)

最後を締めるのは四条傘鉾です。
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応仁の乱より以前の時代に起原がある非常に古い形態を残す鉾ですが、明治4年の巡行を最後に
途絶えていたそうです、町内のご尽力が実り昭和60年に再興、63年には風流(ふりゅう)踊り
再現され、32番目の鉾として巡行することになりました。
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織物の垂り(さがり)をつけた傘に真木が伸びる様は少し曳山にも似ていますね。垂りは麗光鳳舞之図

四条笠鉾の見どころはやはり『風流踊り』
滋賀県の滝樹神社に伝わる「ケントウ踊」を参考に復元されたもので、棒ふり2人と鉦、太鼓、ササラ各2人の
計8人の子供が大人のかげばやしに合わせて踊るものだそうです。
偶然にもちょうどいいタイミングでこの風流踊りを見学することができました☆
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花笠を被った太鼓衆がなんとも可愛らしいですね(≧▽≦)暑い中、一生懸命に大役を果たされる姿は
子どもながらにも貫録と自信に満ち溢れ、実に堂々とした素晴らしいものでした。

・・・・・・・・・・というわけで、祇園祭宵々山レポをお送りしてまいりましたがこれにてお開きでございます。
各関係者のみなさま、大変お疲れ様です。この後も後祭から還幸祭、夏越祭まで祭事は続きますが
どうぞ最後までつつがなく終えられますよう心からお祈りしています。
長々とした記事に最後までお付き合いくださったご来賓のみなさま、本当にありがとうございました。

↓おまけ

祇園祭~山鉾立見記

今年一年の抱負は『日本の歳時記を感じる』だったんですが、うっかり忘れることが多くて
というかもはや抱負を立てたことすら忘れてたんですけど(苦笑)、さすがに7月に入って京都の街中から
コンコンチキチンの調べが聞こえ始めると『ああ、もう祇園祭やねんな~』と心が沸き立ってまいります(^^)

正確には7月1日の『吉符(きっぷ)入り』(各山鉾町の関係者が祭りの無事を祈願する神事はじめ)に
始まり7月31日の『夏越祭』(八坂神社鳥居に設けられた茅の輪潜る厄除け祈願)までの1ヶ月間を
総じて祇園祭といいますが、なかでもやはり白眉なのが各町で建てられる山鉾ではないでしょうか。

この『山』と『鉾』は普段は各町が所有する蔵に解体した状態で収められているのですが
7月10日~11日(前祭り)の『鉾立・山立』からおよそ3日間をかけて組み立てられ
12日~13日の『曳き初め』にて巡行の予行演習が行われます。14日から16日までは
『宵山(よいやま)』と呼ばれ最も見物客で賑わう3日間。祇園囃子(冒頭のコンコンチキチンですね)が
奏でられ、各家の家宝や屏風が外から見えるように飾られて祭り客の耳と目を楽しませてくれます。
山鉾が建つ界隈のほとんどが歩行者天国となりたくさんの夜店も建ち並ぶので、毎年たいへんな人出で
賑わうのです。本来は巡行の前夜となる16日を『宵山』といい、地元民はその前日15日を『宵々山』
そのまた前日14日を『宵々々山』というのがデフォルト(笑)

17日の午前中より長刀(なぎなた)鉾を先頭に決められたコースを山鉾が回る『山鉾巡行』が執り行われ
祇園祭の大きなハイライトとなりますが、実はこれは付け祭り。本来の中心神事は『神幸祭』といい、
八坂神社から出発した3基の大神輿を、山鉾巡行によって清められた各氏子町を通って、御旅所(四条寺町)に
安置するもので、雅やかな山鉾巡行に比べて勇壮で迫力ある暴れ神輿です。

交通規制などの都合により1966年より統合されていましたが、本来の祇園祭は前祭と後祭に分かれています。
今年、およそ48年ぶりに後祭が復活するということで、21日から23日に宵山(歩行者天国や出店はなし)が
24日は山鉾巡行と『還幸祭』(神幸祭とは逆に御旅所から舁き出された大神輿が八坂神社に還御します)が
執り行われます。それに随して後祭巡行の最後尾を担う『大船鉾』が約150年ぶりに復活するのも見どころ。


とまあ、ざっくりながら祇園祭の流れをおさらいしたところで、ちょうど買い物で街中に出る用事もあることですし
ついでに山鉾建ての様子を見物してみることにいたしました(*^^*)例年は宵山の夜店目当てばかりだったので
明るい陽の下で山や鉾を見るのはとても楽しみです♪

まずは前祭の山鉾巡行で先頭を務める長刀(なぎなた)が、早くも組み立てを終えて屹立していました。
山鉾の中で最も早く創建された鉾でありまた八坂神社に最も近いところにあることから、古来より『くじ取らず』と呼ばれ
他の山鉾がくじによって巡行の順番を決めるのに対し、毎年必ず先頭を進む鉾です。
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写真には入りきらなかったのですが、鉾頭(一番てっぺんですね)が長刀の形になっています。
現在では軽い素材の模製に替えられていますが元々は三条小鍛冶宗近作の本刀を飾っていたのだとか。
巡行の際に唯一、稚児が乗り舞を舞う鉾としても知られています。
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屋根に他の山鉾にはないしゃちほこが飾られているのも大きな特徴。お城にあるのとは逆で外を向いています。
前掛けは『ペルシア華文緞通』。18世紀ごろの希少なものですが現在は復元品を使用。
天井軒裏には花鳥写生画の名人と呼ばれた松村景文の筆によるさまざまな鳥の絵が描かれています。
特に後部の『金地彩色孔雀図』(右下)の見事さは圧巻!!
前部蟇股の彫刻は片岡友輔の手による『厭舞』(魔を調伏し災を除く舞楽)。華麗な色彩と生き生きした動きに
目が奪われる逸品です。
鉾の後部には天水引から『見送』と言われる美しい垂布がつけられるのですが、こちらはまだ未着だったので
その下にある可憐な白孔雀の装飾を見ることができました☆

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十分にきらびやかで絢爛な飾りですがこれは『中飾』と称される略式のもの。15日の宵々山より『本飾』に
取り替えられるのだそうです。長刀の先端までの高さはおよそ21.7m!大変迫力のある美しい鉾でした。

続いては函谷(かんこ)。中国の孟嘗君が鶏の鳴き声によって函谷関を脱出できたという故事にちなみ
天王座(長く伸びた矛先中央にある櫓のような部分)に、その孟嘗君と雌雄の鶏が据えられているそうです。
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鉾頭の月と山型は『山中の闇』を表し、四字熟語『鶏鳴狗盗』の由来でもある孟嘗君の故事を
そのまま再現しているんですね~(感)
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切妻屋根の金装飾が見事な屋根の最頂部には黒輪違互形の透かし彫の箱棟があり、雲形の金箔押し金物が
左右に流れています。破風、垂木などにもふんだんに金物が使われており、明治17年から2年間に新調された
鍍金には純金がおよそ1275gも使われたそうです!
後部の軒裏に描かれているのは5羽の鴉(からす)。対して前部軒裏には金地に極彩色で5羽の鶏が描かれており
夜明けの鶏声(陽)と墨絵の明け鴉(陰)を表し、孟嘗君が夜明け前の函谷関を無事脱出できた様に通じるのだとか。

函谷鉾の魅力はなんといってもその装飾品の多様さと希少さにあります。色鮮やかな銅掛は奥から朝鮮絨毯の
『虎に梅樹図』、インド絨毯の『赤地花唐草文』、中国絨毯である『玉取獅子図』(すべて復元)とバラエティ豊か。
3連の銅掛の上に見える下水引は山鹿清華の手織錦『群鶏草花図』でその優雅な色彩には見惚れるばかり。

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実に華やかで麗々しい函谷鉾・・・巡行の際には皆川泰蔵作の『エジプト天空図』や、弘法大師筆といわれる
『金剛界礼懺文』を天保年間に模織したものが見送に使われるなど、非常に珍しい装飾が楽しめます。

続いても人気の高い鉾のひとつ、(つき)を見てみましょう。こちらは木組みが完成したばかりで
装飾はまだこれからのようなんですが、すでに多くの見物客の方々でたいそうな賑わいでした。
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月鉾は現存する山鉾33基の中でも最も大きく重い鉾であり、またその装飾の多さと美しさから
『動く美術館』なる異名があるほどです。
天王座に祀られているのは古事記で有名な月読尊(つくよみのみこと)。鉾頭には新月を掲げ、装飾品も
月や水に関連するものが多くみられます。

屋根の棟先には太陽の象徴ともいえる三本足の八咫烏が据えられ、まるで今にも飛び出しそうです。
おそらく月の兎に呼応させているのではないでしょうか。その月の兎は破風に彫られており、これはかの名工
左甚五郎の作と伝えられています。写真ではちょっと分かりにくいのですが、波の上を走る兎の足もとには
(下の飾り金具の部分)星を背負った亀がいて、まるでイソップ童話の一説を彷彿とさせるのが面白いですね!

銅掛や下水引、前掛などはまだ拝めませんでしたが、その分普段は隠れて見ることのない木組みの部分が
しっかりと拝見できてとても興味深かったです。釘を一切使わず、縄だけで組み立てられている様子が
お分かりいただけるでしょうか(^^)

次は、古代中国の堯の時代、天下がよく治まり太平の世が続いたために訴訟用の太鼓(諫鼓)が無用となり
苔が生え鶏が宿ったという『諫鼓』の故事にあやかった(にわとり)を見てみましょう。
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こちらはまさに「ただいま装飾取り付け作業中!」といったタイミングでした☆
鉾頭の三角形の中に円という形は諫鼓の中の鶏卵を表すともいわれますが、定かではありません。
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破風の下、蟇股には大きく羽を広げた鶏の姿が見えます。足元の緑は苔生す様子でしょうか?
下水引には松村呉春の下絵による金地綴錦『唐宮廷楼閣人物図』が使われており、その精緻な描写は
いつまで見ていても飽きません。ちらりと下に見えているのが二番下水引の『春秋蝶図』。呉春の弟である
松村景文の下絵によるものでおよそ50余もの蝶がすべて刺繍されています。そのもう1枚下にあるのが
三番下水引である『生花図』の綴錦。紺地に白の木瓜取りがモダンなこちらは円山応挙の作だとか。
胴掛の草花文様インド絨毯(左下)や前掛に使われているペルシャ絨毯(右下)などは現在にも通じる
とてもデザイン性が高いものですね。

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鉾の上に乗って懸命に作業しておられる皆さまの頭上にちらりと見えるのは、文政8年に下河辺玉鉉の下絵から
作られた『瑞雲、日輪と麒麟図』の綴錦。くっきりとした明快な画風に美しい青が利いています☆

巡行の際には、16世紀ベルギー製の飾毛綴の見送(重文指定)も要チェックです!

最後に回ったのが、古事記や日本書紀でもっとも有名な『天の岩戸』神話と『国産み』の伝説から材を取った
岩戸(いわと)です。
鉾と山の大きな違いはその形状にあり、鉾には車輪がつけられていて巡行の際にはそれを曳いて進むのですが
山には本来、車輪がなく舁子(かきこ)と呼ばれる氏子の手によって担がれます。
ただし岩戸山はすでに、室町時代の洛中洛外図屏風において車輪が描かれていることから鉾と同じく車輪を回す
『曳山(ひきやま)』であるといえます。鉾柱の真木の代わりに真松を立てているのも鉾との違いですね。
御神体は3体。天照大神(あまてらすおおみかみ)、手力男命(たじからおのみこと)、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を
安置しています。
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ちょうど基礎の部分を組んでおられるところでした。青空に伸びる真松の勢いがご覧になれますでしょうか(^^)
山といえどもその高さはおよそ15m!組み立てを進めていらっしゃる床の部分も2階建ての家屋を抜き越し
かなりの迫力です(@0@)

足元に置いてあった建材を見てみると、釘を使わずに組み立てられるようにホゾとホゾ穴が切られているのが
よく分かります。鉄腕ダッシュで山口クンがよく作ってらっしゃるのでご存知の方も多いのではないでしょうかww
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照りつける日差しの中、黙々と作業を続けておられる皆さまの姿にまるで後光が差しているかのよう。
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岩戸山には、屋根裏に描かれた今尾景年の『金地著彩草花図』や軒裏絵の『金地著彩鶺鴒図』(中島華鳳作)、
『唐獅子玉取文様』の中国緞通(前掛)、18世紀初頭にインドで製作された『段地十字花章緞通』などの他に
染織作家である皆川泰蔵作のろう染を生かした『ヴェネチア』を見送に使用したり、大屋根にまたがる
伊弉諾尊(イザナギノミコト)像がシンボルになっていたりと、なかなか大胆なデザイン性が魅力のようです♪

この日(土曜日)の最高気温は34度と暑さマックス!!買い物のあと、夢中で山鉾を見て回っている間はまだしも
気づけば約2時間、電車2駅分(直線距離で。実際は碁盤の目を縫うように移動している)を
黙々と歩く羽目になってしましました(^^;;; さすがに足がパンパンや~~~!!(でも悔いなし笑)

 裏あすも不定期便・・・ちょっとマジメな話


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