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十六社めぐり その6~フィニッシュ☆


レポが大変遅くなってしまいましたが、いよいよ最後の一社です!

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御霊(上御霊)神社・・・「ごりょう神社」と読みます。794年に桓武天皇によって都が京に移されたのですが
                    そのころ巷では異常気象や疫病の流行が相次ぎ、それが悲運の中で亡くなった者の
                    祟りだと考えられたことから、早良親王をはじめとする御霊をお祀りし、守護としたのが
                    はじまりだそうです。以来、皇室や時事の施政者、そして市井の人々にとっての
                    『産土神』として篤い信仰を集めています。厄除開運や学業成就の他に
                    心しずめのご利益があるそうです。

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なんとなく合体ロボを彷彿とさせるようなフォルムの狛犬ですね(笑)
角を持つ吽形の狛犬は鎌倉時代以前のものが多く「兕(じ)」という正体不明の生き物という説も。
水牛に似た一角獣で鎧の材料になるほどの硬皮を持ち、角は酒盃に用いたのだとか。

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お正月だからでしょうか、嵯峨御流の美しい生け花が展示されていました。

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灯篭の造詣に目を奪われます(☆▽☆)これは・・・ラクダ??足下にも多くの動物が並んでいますが
どのような意味があるのでしょうね。

夕刻に近かったこともあってほとんど人の姿がなく、まさに『心しずめ』に相応しいお参りができました♪
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・・・・・・・・・・・というわけで、めでたく十六社コンプリート☆です!
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最後の神社である御霊神社の社務所にて御朱印をいただいたら、全ての参拝を終えたことを確認していただき
記念品である干支の置物を授かります(*^^*)
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ほんのり笑顔が可愛らしい陶器で作られた白馬です♡
なんだか達成感とともに今年一年が明るくなるような予感で心がいっぱいになったような気がします!

朱印について・・・神社に参拝した時、社務所でいただくことができる「ご朱印」。元は自分でしたためた願文を
          神前に供えたことから始まりました。つまり、願文を神社に奉納した「証し」として
          その神社の名号を墨書し神印をいただいたことが起源です。

          今日では願文を奉納しなくても参拝の記念として気軽にいただくことができます。
          しかし「ご朱印」は、参拝者の祈念が神様に届けられたことの証し。「お守り」として身近に置き
          大切にしなくてはいけません。
           
          つまり「ご朱印」は単なる記念スタンプではなく、神と人を結ぶ意義ある証しなのです。

                                (京都十六社朱印めぐりHPより一部抜粋)
誓願の証でもある朱印状は各社1社につき300円の授印料を御報謝させていただきます。

 ボス夫さん『ということは十六社で・・・・・この馬、4800円か

・・・・・・・・・・おとっつぁん、それは言わない約束でしょう?!(^^;;;
                                 
                                                終~了~☆
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十六社めぐり その5

こんばんは☆

昨夜はかかりつけのお医者さまに診察していただいて、注射もいただいてまいりました(^^;
わたくしがまだよちよちの赤ちゃんの頃から診ていただいている先生は
たぶんもうかなりお年を召してらっしゃると思うのですが、いつお会いしてもお肌つやつやで
言葉も腕もしっかりしてらっしゃって心から信頼できる方なんです(*^^*)

しかも注射が超~上手い!

専門が小児科と内科でいらっしゃるので、ウチの娘も生まれてからずっとお世話になってるんですが
彼女も『注射してもらうんだったら先生のトコでないとイヤ!』っていうくらい、その腕は折り紙つき♡
信じられない話ですが、よそ見をしているといつ打たれたのか分からないんですよホント(@0@)

そんな先生からの注射とお薬と『うどんや風一夜本舗』さまの特辛生姜湯の三位一体のおかげで
きょうの休日出勤も無事に乗り切れました~\(^▽^)/この調子で回復してくれるとありがたいなぁ♪

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さて、十六社めぐりも残すところあと3社となりました(^^)
次の神社はずいぶんと久しぶりの再訪です。
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わら天神宮・・・安産と子授けの神さまとして人々から深く信心されているお社です。
正しくは「敷地神社」というのですが『わら天神』という呼び名の方が親しまれているのは
安産の御守の本体である稲わらに節があれば男の子、なければ女の子が授かるという
謂われがあるからなんです。ちなみにわたくしも妊娠中に御守りを頂戴しましたが
確かにつるりと節のないわらが入っていまして、見事お告げ通りに娘が誕生しましたよ(^皿^V

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無事に出産を終えれば御礼参りに伺います。我が家も生後1ヶ月目のお宮参りをこちらでさせていただき
ご加護に厚くお礼申し上げましたm(_ _)mあれから19年・・・本当に時の経つのは早いものですね!

こちらの狛犬さんは首に鈴をつけておられます♪
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優雅で美しい巻き髪が特徴的♡

摂社として本殿の隣に建つのは『六勝稲荷神社』。試験合格の神として信仰を集め、特に
司法試験、公認会計士、税理士等の資格試験にもご利益があるのだとか。kako-6B2qll2pejgv5mMx.png
こちらの狛犬は胸板の張った体躯がいかにも頼もしく、彫りがプリミティブな感じがします(^^)

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本殿西側には綾杉明神が祀られています。「捨遣集」十神歌の部にて清原元輔が

「生ひ繁れ平野の原のあや杉よ、濃き紫に立ちかさぬべく」

と詠んだこの綾杉は応仁の乱の兵火をも免れましたが、明治29年の台風で惜しくも倒壊してしまったそうです。
昔から神木として厚く敬われていたので、今は素屋根をかけ明神さまとされているのだとか。

写真ではちょっと分かりにくいのですが、ここに来て白い雪がちらちらと・・・
市内の北へ向かうにつれて、しんしんと冷え込んでまいりました(^^;
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続いての神社は去年の御礼参りも兼ねての参拝です(過去記事はコチラ
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今宮神社・・・平安京建都の以前より疫神を祀る社があり、994年に一度船岡山へ移された疫神が
           再び現在の地に奉遷され、新たに設けられた神殿三宇ともに今宮社と名づけらたのが
           起源だそうです。徳川綱吉の生母桂昌院との所縁が深く、その桂昌院の前身が
           西陣の八百屋の娘「お玉」であったことから『玉の輿』という言葉の語源となり
           この今宮宮も健康長寿の他に良縁開運のご利益があるのだとか。

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丹色の美しさがひときわ目に留まる神社です。

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すっくと立った姿が凛々しく頼もしい今宮神社の狛さん(*^^*)どことなくアスリートっぽいかもwww

今宮さんで見つけた生きものたち・・・
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神馬像はどことなくマンガチックでユーモラスな表情です(笑)本殿と神殿三宇の間には
吉祥である鶴の姿が・・・金ピカマッチョな獅子?狗?にも思わず目を奪われますが
注目は、某有名アニメの絵馬(@0@)どうやらこの『けいおん』の主人公たち4人が
ここ今宮神社へ初詣でに訪れるというお話があるそうで、いわゆる“聖地”の一つになっているのだとか。

参拝途中、気さくに声をかけてくださったオジサンから聞いたプチトリビア☆

①今宮神社には伊勢斎宮に所縁のある若宮社があるのですが、その石鳥居に注目!
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左は普通の鳥居なのですが、下の鴨居の両端が突き出ていますよね。ですがこの若宮社の石鳥居(右)は
下の鴨居が突き抜けていないのがお分かりいただけますでしょうか。
この『突き抜けていない鳥居』が伊勢斎宮すなわち天皇家の菩提社という意味なのだそうです。
もしも、どこかでこれと同じ形状の鳥居を見かけたらそこは天皇家に所縁のお社、というわけですね!

②宗像社の社壇の側面の台石に長さ60㎝程の鯰の彫り物があります。この社は俗に「弁天さん」と呼ばれ
  鯰はその神の使者として彫られたものであり、地震封じのご利益もあるのだとか。
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足元の目立たない台石に彫られているので、これは教えていただかないととても見つけられませんね☆

少しお腹が減ってきたので今宮神社の名物をいただくことにいたしましょう♪
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かざりやさんは、お向かいにある『一和』さんとともに今宮神社の名物『あぶり餅』のお店です。
『かざりや』と『一和』はどちらも同じような店構えで、ともに『本家』『元祖』と看板を掲げた老舗ですが
かざりやでは石野味噌、一和では本田味噌本店の白味噌を使ってらしてそれぞれに味が違うのだとか。
以前お参りした時にも、いただこうと楽しみにしていたのですが
どちらも定休日だったっていう・・・orz なにも揃ってお休みしなくてもいいじゃん(苦笑)
今回は無事(?)両方とも開店しておられ、たくさんの参拝客でにぎわっていました(^^)

お店の屋根に飾られた厄除けの像が鍾馗さまではなくお多福さんというのが面白い~♪
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あぶり餅とは、きな粉をまぶした親指大の餅を竹串に刺し、炭火で炙ってから白味噌のタレを絡めたもので
ご店主や女将さん方が手早く作業されている様子を店頭で見ることができます(^^)
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注文をしてから順に炭火でじっくり焼かれるので、タイミングによってはかなり待たされることに・・・
この日もおよそ20分近く待ってようやくいただくことができました(^^;
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かなり香ばしく焼きあがったお餅は思ったよりも小振りですが、一人前の串はおよそ15本なので
けっこうお腹がいっぱいになります(笑)白味噌ダレは後口もすっきりとしてしつこくないので
最後の一串までおいしくいただけました☆☆☆

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いよいよ最後の神社を残すのみ!ご朱印のコンプリートまであと一歩です(^▽^)

                                       きょうのおまけ  

十六社めぐり その4

こんばんは☆ 十六社参りも折り返しを過ぎて残り6社となりました(^^)

御香宮での参拝を終えて、今度は京都市を大きく西へ横断いたします。
桂川を越えてしばらく行くと見えてきたのが・・・
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長岡天満宮・・・長岡の地はその昔、奈良の平城京から京都の平安京へ遷都される間に
             皇都「長岡京」として繁栄しました。御祭神である菅原道真
             歌人在原業平と共にしばしば詩歌管絃を楽しまれたところでもあり、
             太宰府に左遷される折に「吾が魂、長くこの地に留まるべし」と
             名残を惜しんだとの所以から公御自作の木像を祀ったのが始まりだそうです。

ご利益は何と言っても学問の神さま道真公が受験生の心強い味方となってくださいます!
お正月の参拝時期は過ぎても入学試験はこれからが本番☆たくさんの方がお参りになっていて
御守りやお札を授かる社務所にはずらりと長い列ができていました(@0@)
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左:社殿の隣には『筆塚』なるものがございます。日頃、何気なく使っている筆の功徳を思い筆に感謝し
 書道上達を願う筆塚祭が5月に開かれているそうです。さすが、学問の社という感じですね♪
右:境内には6つの末社が設けられています。赤い幟がにぎやかなこちらは稲荷神社でした。

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梅の枝に囲まれるように坐す狛犬は、お顔が苔生してかブチ犬君のようにも見えます(笑)
よく見ると大きく広がる鼻と美しく並んだ歯、ぎょろりと見開かれた瞳など、なかなかのコワモテだヮ!!
境内には天神さんにつきものの牛の像も並んでいます。

この長岡天満宮は『花の社』としても有名で、特に4月末~5月に見頃を迎えるキリシマツツジ
市の天然記念物に指定されているほど!「八条ケ池ふれあい回遊のみち」と名付けられている
八条ケ池の中堤と中ノ島を結ぶ総檜造りの水上橋から見る花はまた格別です♡
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およそ10年近く前に観花へ出かけた時の写真を見つけましたwwwww娘、小っちゃ~!


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梅のつぼみも少しずつ色づいてきました。
身を切るような寒さが続きますが、春は少しずつ近づいてきているんですね~(*^^*)

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やっぱり牛!(笑)

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続いて12番目の神社。。。
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吉祥院天満宮・・・京都で最も有名な天神さん=北野天満宮よりも早く創建された最初の天満宮。
                御祭神は菅原道真公で、その祖父清公卿が遣唐使として渡航中暴風に遭遇、
                船上で吉祥天女の霊験を得て無事に入唐したことから、自邸内にお堂を建て
                吉祥天女の尊像を祀ったのが『吉祥院』という地名の起源になりました。

菅原道真の生誕地とされ18歳までこの地で過ごされ、参朝の際に顔を映した「鑑(かがみ)の井」
少年時代、習字に使ったと伝わる「硯之水 (すずりのみず)」などの遺構が残っているそうです。
こちらは、菅原道真公の臍の緒を埋めたと伝わる「胞衣塚(えなづか)」です。
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道真公の幼少期に深い所縁のある神社らしく受験合格・開運招福のご利益とともに
子どもたちへの知恵授けの神さまとしても信仰を集めておられるようです。
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天神さんには欠かせない牛の像のそばには、神馬に引かれるキティちゃん(笑) 
御守りにも可愛らしいデザインのものが多くて、子どもたちに愛される神社、という感じがしました(^^)

そんなお社の狛さんも・・・
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どことなくトッチャン坊や風(笑) 
前髪ぱっつんに丸顔だんご鼻と、なんとも愛嬌があって可愛らしいですね!
もしかして道真公も幼少のみぎりにはこんなお顔立ちだったのでしょうかwwwww

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次に訪れたのは六孫王神社です♪
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・・・源経基は清和天皇の六男を父として生まれたことから「六孫王(ろくそんのう)」と呼ばれ、
   十五歳で元服、臣籍に下った後に鎮守府将軍に任じられました。その後、この地に住居を構え
   臨終の際「霊魂滅するとも龍となり西八条の池に住みて子孫の繁栄を祈るゆえにこの地に葬れ」
   遺言されたことから、当地に埋葬され社殿を築いたのが始まりだそうです。
   出世開運・家運隆昌のご利益があるのだとか。

こちらの社殿の後ろには今も石積の神廟(六孫王のお墓)があるそうです。
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春になると社殿の前にはソメイヨシノや紅枝垂桜などの桜が美しく咲き揃うのだとか。
黄緑色の八重の花が咲く珍しい御衣黄(ぎょいこう)桜は神龍池を跨ぐ太鼓橋の畔で見られます。

六孫王の長男、満仲が誕生した折に琵琶湖の竹生島より弁財天を勧請し、安産を祈願し
産湯に使ったと伝えられる誕生水弁財天社があります。
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六孫王神社の狛犬にご注目☆
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『吽』の見事な毛並みの美しさにも目を奪われますが、その足元にお分かりになりますでしょうか。
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可愛い赤ちゃんが♡ 親子連れの狛さんは初めて見ました~(≧▽≦)
ちなみに『阿』の方はその足下にを転がしていましたよ(^^)

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経基王は牡丹を特に好んだことから神社紋を牡丹としたそうです。
皇室との所縁を示す菊の紋とともに押印されていました。

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十六社めぐりでは、こういった機会でなくてはたぶん足を運ぶこともなかっただろう神社にも
たくさん訪れることができるのがいいですね♪ 
どの社もそれぞれ個性があって興味深い発見の連続で、見飽きることがありません!

残り3社・・・あともう少しお付き合いくださいませ~(*^^*)

十六社めぐり その3

こんばんは♪

先週に続き今日も十六社朱印めぐりの残りを回ってまいりました。
時折、小雪がちらつく寒い一日でしたが、再びボス夫さんを運転手・・・いやいや(笑)相方にして
京の町を南へ北へと奔走しましたよ~(^^)

まずは1月4日の残り2社からご紹介・・・
7番目に訪れたのは『京都三熊野』最後の一社である新熊野神社です。
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・・・平安時代末期(1160年)に後白河法皇によって創建された神社です。
   法皇は一生のうちに34回熊野に参詣されたそうですが、当時の都人にとって熊野に参詣するのは
   めったにできることではありません。そこで熊野の新宮・別宮として創建されたのがこの神社で
   京の熊野信仰の中心地として栄えたのだとか。ご利益は健康長寿・病魔退散、特に
   お腹の守護に特化しているそうですよ!ちなみに『いまくまの』と読みます(^^)

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こちらの狛犬はふっくらと丸みを帯びていかにも健康そうですwwwなぜか口の中にどんぐりが!
お腹に利く神社の御使いなので食いしん坊なのかしらん(笑)
御神鳥はやはり三本足の八咫烏。
咫(た)とは長さの単位で、一咫は親指と人差指を広げた長さ(約18cm)だそうですが、八咫とは
18×8cm・・・ではな『とても大きい』という比喩表現です。

こちらの社でひときわ目を引くのが『影向(ようごう)の大樟(おおくす)と呼ばれる樟の木。
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影向とは神仏が現われるという意味。
神社創建の折に紀州熊野から運ばれた苗を後白河法皇が御手づから植えられたと言われるもので
推定樹齢は900年で現在も成長中だとか!その堂々たる姿と生命力にあやかり、木肌を撫でたり
幹に抱きつくことで健康長寿や病魔退散のご利益をいただけるとのことですので・・・
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お腹の弱いボス夫さんは特に念入りに(笑)
大人の男性が5~6人でようやく手が届くほどの立派な大木でした!

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続いて8番目の社に向かいましたが、ちょっと今までの神社とは毛色が違います。
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市比賣(いちひめ)神社・・・御祭神が全て女神であるところから女性の守り神とされ
                       女人厄除のご利益があります。
                       795年に京都の左右両市場の守護神として、西本願寺に坊弐町を囲い
                       勧請された社が、1591年に現在の地に移転鎮座されました。

さて、毛色がどう違いますかと申しますと・・・・・・
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なんと階上にマンションが!!
およそ由緒ある神社には似つかわしくない風景にも思えますが、実は京都の街中には
こういったビルと一体化している寺社は意外と多いんですwwwまさに神俗一体といった感じですね(^^)
女性のための神社ということで、たくさんの若いお嬢さんがいらしていました♡

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マンションとビルの間に挟まれた小さな敷地ながら、きちんと石鳥居で区切られた聖域に
御本殿が建てられています。そういえば娘も後厄・・・きちんとお参りにこなくっちゃ(^^;

絵馬も女性らしく華やかな色合いのものでした。
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歴代皇后の崇敬が篤く現在も「皇后陛下勅願所」であることから、御朱印とともに
菊のご紋が押印されています。
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ここからは本日13日に参拝した神社をご紹介しましょう。
まずは京都の南の方からめぐっていきます。この辺りはボス夫さんの出身地なので地図要らずです♪
9番目の神社は今年の干支にちなんだお社でございます☆
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墨痕鮮やかな『馬』の字が躍る藤森(ふじのもり)神社
・・・今から約1800年前に神功皇后によって創建された皇室ともゆかりの深い古社です。
   菖蒲の節句の発祥地といわれることから『菖蒲=勝負』にちなんで
   今日では勝運と馬の神様として競馬関係者やファンの方々から篤い信仰を集めています。
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身を低くかがめ尾を振り立て狛犬は迫力がありました☆まさに『いざ勝負!!』という風情ですね。
堂々たる体躯の神馬像も坐します。早良親王の東征にちなむ駆馬神事が5月5日に催されるのだとか。

お正月が過ぎても本殿には多くの方が参拝にいらしていました!   
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藤森神社は見どころもたくさん♪♪
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左上:御旗塚・・・神功皇后が纛旗(とうき=軍中の大旗)を樹てられた場所だそうです。祀られている木は
             『いちのきさん』と親しまれる“いちいの木”で、ここに参拝すると腰痛が治るといわれ
             幕末には新選組局長の近藤勇も参拝したと伝えられています。
右上:不二の水・・・酒処としても知られる伏見には名水の沸く場所がたくさんあります。こちらもそのひとつ。
               「不二の水」とは二つとないおいしい水という意味で、特に勝運を授ける水として
               信仰されているそうです。
左下:神鎧(かむよろい)・・・菖蒲の節句に飾られる武者人形には藤森の神が宿ると云われ
                     その象徴として明治時代に建立されたものだとか。
右下:摂社の『八幡宮』は重要文化財に指定されています。古色濃い本殿は、同じく重文指定の大将軍社と
    隣り合ってひっそりと建っていました。どちらも室町時代に足利義教によって建立されました。

『藤』と勝運にちなんでいるのでしょうか。神紋の『藤に一』が押印された朱印☆
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続いて向かったのは、去年の秋にも訪れた御香宮(ごこうのみや)です。
 (詳しい記事はコチラをご覧ください♡)
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拝殿は平成九年六月に修理を終え、見事な極彩色が復元されました(♡▽♡)
そのあまりにも豪華で麗々しい装丁は『伏見城御車寄(くるまよせ)の拝領』と誤って伝えられたほど!
成人式ということもあって美しい晴れ着に身を包んだお嬢さんもご参拝にいらしていました。

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押し出しの強い狛犬のお姿はとても凛々しくて頼もしさを感じます(*^^*)

以前、訪問した時には見つけられなかった江戸時代の『算額』
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さすがに現存する算額絵馬はほとんど字が消えてしまっているようです(^^;
こちらは昭和50年代に復元されたもの。どうやらピタゴラスの定理について
記されているようです・・・たぶん(笑)

安産をはじめ厄除け、病気平癒のご利益があるそうです。
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・・・・・今日もずいぶん長い記事となってしまいました(^^;
ここまでお読みくださった皆さま、お疲れ様でした。ご清聴ありがとうございますm(_ _)m
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十六社めぐりと長々なご紹介文はまだまだ続きま~す(笑)

十六社めぐり その2

京都市内には数え切れないほどの社寺が点在しています。
お正月ともなればどちらの神社も大変な賑わいなのですが、なかでも東寄りの方には
有名で大きな神社が多いこともあって相当な人と車が集中します。
しかも細い道や一方通行が多く駐車場は少ない(そして高い!)とくれば
あちこちで起きる大渋滞への忍耐力と難度の高い離合テクが要求されるのです(^^;

仕事で毎日乗ることもあって比較的運転には慣れているわたくしですが、そんな地域を
車に乗って独りめぐるのはちょっと気が重いもの(^^;・・・ということで
ボス夫さんがハンドルを握っているのをこれ幸いと一番行きにくい方面を重点的に
回ってまいりました(笑

4番目のお社・・・
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岡崎神社から南に歩くことおよそ15分、熊野若王子神社でございます。
・・・熊野権現を勧請した京都三熊野のひとつで1160年に後白河法皇によって創祀されました。
   祭神である天照大神の別号である『若一王子』にちなみ、「わかおうじ」ではなく
  「にゃくおうじ」と読みます。ご利益は学業成就と商売繁盛
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春には桜花祭も開かれる桜の名所で紅葉の季節も見応えがあるのだとか。
狛犬はひときわ堂々としたたたずまいでふさふさと豊かなたてがみに貫禄を感じます。

神社の裏山にはNHK大河ドラマ『八重の桜』で一躍有名になった同志社の創立者である
新島襄や妻の八重のお墓があり、また名所として名高い『哲学の道』も間近であることから
観光客の方も多くいらっしゃるスポットです(^^)
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冬の『哲学の道』はちょっと寂しいですね(笑)ちなみに春にはこんな感じに♡
                  
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                  (画像はウィキペディアよりお借りしています。転載不可)

次回はぜひ花の時期に訪れたい神社です。
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続いては山手を上がり高台に建つこちら
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粟田神社・・・素盞嗚尊(スサノオノミコト)と大己貴命(オオムナチノミコト)を主祭神に置き
           厄除けのご利益があります。また都の東の出入り口として東山道や東海道を
           行き交う人が旅の安全を願掛けたことから旅立ち守護の神でもあります。

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「出世恵美須(しゅっせえびす)神社」「北向稲荷(きたむきいなり)神社」など摂社や末社も多く
高台の境内からは、五山の送り火の船形、左大文字を正面に見ることができるそうです。

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本殿の狛犬はスリムできりりと精悍な印象。対して出世恵美須の狛犬は身を低く尾を振り上げた
珍しいポージングで境界を守っています。
山門近くには石造りの神馬も。午年ということもあって参拝客の方が次々と写真に収めてらっしゃいました。

粟田神社最大の祭事が『神幸祭』
美しい意匠の剣鉾が鉾差しと呼ばれる人によって差し進められ、神輿が氏子町内を渡り歩くそうです。
剣鉾とは、神輿の先導を勤めるもので道筋を祓い清め悪霊を鎮める祭具のこと。
社務所の窓に、その剣鉾がデザインされた手拭いが飾られていました♡

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先ほどは昨年のNHK大河ドラマにゆかりのある若王子神社を訪れましたが、次は今年の大河ドラマに
ご縁がある神社です(^^)
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豊国神社・・・1599年、前年に逝去した太閤豊臣秀吉を奉祀するために創建された神社で
           関ヶ原の戦で豊臣家が滅亡した後、江戸幕府により一度は廃祀されましたが
           明治天皇の命によって再興されました。草履取りから身を起こした太閤にちなみ
           出世開運をはじめ厄除招福、良縁成就、商売繁昌など幅広いご利益があります。

神社正面の唐門(↑写真)は伏見城の遺構と伝えられており国宝に指定されています。
豪華絢爛な飾り金具や彫刻が桃山建築らしい華やかさです。外国人の観光客の方も多くいらして
やはりこの唐門の美しさに感動されていた様子でした。
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さて、こちらの神社の境内を同じくして方広寺が隣接しています。
ここには『国家安康の鐘』なるものがあるのですが、ここでピンと来る方は
かなりの歴史通とお見受けいたします(^^)
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1614年に豊臣秀頼の命により再建された梵鐘の銘文のうち「国」「君臣豊楽」の句が
徳川家康のを分断し豊臣を君主と暗示することで家康及び徳川家を冒瀆するものと指摘され
大坂の役による豊臣家滅亡を招くきっかけになったとされるいわくの鐘なのです。

天井絵は日が当たらないせいか、その華やかな色彩まで美しく残っており、神々しくも艶かしい天女が
舞い遊ぶ姿を鑑賞することができます。

この方広寺の鐘、高さ4.2m外形2.8m、重さはなんと82.7トンという大迫力!
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・・・ちょっと片手で持ち上げてみました(笑)

徳川家と豊臣家の興亡にまつわる豊国神社と方広寺。なかなか見応えのある社寺でした。
大河ドラマも観てみようかな~♪
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太閤といえばやっぱり「千成瓢箪」ですね!

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十六社めぐりレポはまだまだ続きますが、ひとまず明日はお休みいたします。

いよいよ妹家族が日本を離れる日が・・・(iдi)/~

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