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西陣てくてくはしご寺 その5

碁盤の目になった西陣の道をぐるりと回って元の場所に戻ってきたあすもが
最後にお参りしたのは、なにやら恐ろしげな名前の八幡さまじゃった。
さて、あすもは無事家に帰ることができるのじゃろうか・・・

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首途八幡宮・・・まるで罪人か敵将の首を持って歩くようなイメージを彷彿とさせる字面ですが
             じつは『かどで』と読む非常に縁起がいいネーミングの八幡さまです(^^)
             平安の都の要、大内裏から見て鬼門である北東の方角に位置するこちらは
             宇佐八幡宮を勧請したのが始まりで応神天皇・比賣大神・神功皇后をお祀りする
             由緒ある神社です。

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首途八幡宮に由縁があるのが、平家物語やNHK大河ドラマでおなじみの源義経
源平合戦の端が切られたすぐの頃、平家の目を逃れて鞍馬山でひっそりと修行生活を送っていた義経は
1174年3月3日、平氏軍による難を逃れるために鞍馬山を抜け出し、奥州は藤原秀衡の元へ旅立つことに。
当時、義経の年齢は16歳!。出発にあたり、手引きをしてくれた金売吉次の屋敷近くにあった
八幡宮へ立ち寄り道中の安全を祈願したそうです。
このことから「首途(かどで)八幡宮」と呼ばれるようになり、旅の安全を祈願する人たちが
参拝に訪れるようになったのだとか。

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義経公を見送った・・・かもしれない狛さんwww意外にも眼光鋭くきりりとした表情です。

広い公園を横手に見ながら参道を歩くと石造りの鳥居に行き当たります。
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その奥に見えるのは石段。どうやら本殿にはこの石段を昇っていくようですね。
そう、首途八幡宮は全国でも珍しく小高い丘陵の上に本殿が建つお社なんです☆
当初は小さな祠が建てられていただけでしたが、昭和40年代に丘の上に社殿がつくられました。
天皇家が厚く八幡宮を信仰したことから、この丘が墳墓ではないかという説も残されているそうです。

さっそく登ってみましょう!!
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石段はおよそ20数段といったところでしょうか。木々の間から西陣の町が見え隠れします。
登りきったところは意外と狭くこじんまりとした本殿と授興所が並んで建てられていました。
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八幡宮の使いといえば・・・
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そう、白い鳩ですね。こちらの絵馬は三輪晁勢画伯の筆によるものだそうです(^^)

参道から登るときに気づいていたのですが実は本殿までの石段は左右2つあるんです。
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お分かりいただけますでしょうか?左の写真、わたくしが登ってきた方が青い丸の部分。
真ん中に植え込みをはさんで左側にもうひとつの石段(赤い丸の部分)があります。
さほど大きくはないこの丘陵になぜわざわざ二つも石段が造られたのか?うーむ、謎です(^^;

この石段の間に挟まれた植え込みの奥にひっそりともう一対の狛犬がおりました♪
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参道にいた狛さんよりもプリミティブで素朴な印象ですね。年齢はこちらの方が上かな?(笑)

せっかくふたつあるので、今度は反対側の石段を降りていきましょうww
石段の下には弁天社がありました。
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弁天さまといえば芸術の神さまであると同時に蓄財のご利益もあるそうです(*^^*)
ここはひとつよしなにと手を合わせまして帰路につくといたしましょう。

長かった話もようやくこれでおしまいじゃ。弁天さまのご霊験はいまだあらたかではなさそうじゃが
たくさんの寺や社のご加護を得て、末長ぉ幸せに暮らすことじゃろうて・・・どっとはらい。
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                                                     きょうのおまけ
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西陣てくてくはしご寺 その4

今、村田諒太さんのボクシングの試合を見ながら記事を書いてます(*^^*)
舞台は京都ということで、娘の友人が会場に観に行ってらっしゃるそうです!いいな~♪
その圧倒的な強さももちろんですがやっぱり女子としてはあの俳優顔負けの男前っぷりから
目が離せません(≧▽≦)

・・・・・って今、試合決まりました!!4戦連続KO勝ちですって☆☆☆
右ストレートがすさまじかったです。ボシュッ!!っという重い音がテレビを通じて聞こえてきました。

インタビュー中ですが、全然余裕な感じがまた男前やのぅ~(☆▽☆)ビッグマウスや軽口も彼だと
なぜか『村田さんらしいな~』って笑っちゃうんですよね♪
今日の勝利でまた一段とメロメロモードになりました(*^^*)

・・・・・閑話休題。それではシリーズ第4弾のはじまりはじまり~~~
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西陣にはお寺やお堂がそれはそれはたーんとござった。釘抜き地蔵さまに手を合わせたあと
てくてく歩くとすぐに次のお寺が現れたんじゃ。はてさて、ここはどのようなお寺であろうか・・・
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雨宝院(うほういん)・・・高野山真言宗のお寺で「西陣の聖天さん」と呼ばれています。
応仁の乱により一度は荒廃したものの天正年間に現在の地に再興されたのだとか。
本堂に祀られているのは歓喜天という聖天で嵯峨天皇の病平癒を祈願して造られたもの。
また観音堂に安置されている千手観音は重要文化財に指定されています。
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門の上に鎮座するこの獅子は『隅蓋(すみぶた)といって本来雨漏りを防ぐためのものでだそうです。

東門をくぐってまず目に入るのがまるで天井のように境内いっぱい広がる松の枝!!
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京都の保存樹に指定されているアカマツは、久爾宮親王が参詣の折にこの樹の下でにわか雨を
凌がれたことから『時雨の松』と呼ばれています。頂部は災害により折れてしまいましたが
その枝は長く広く横に伸び、今では境内を覆い尽くすほどになったそうです。
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境内には本堂、観音堂、大師堂、不動堂などが、深い緑の木々に隠れるように建ち並んでいます。
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初夏を思わせるような強い日差しに疲れた体も、ひとたびこの境内に入れば若葉の蒼陰に遮られて
ほっと一息落ち着きます。深い森の中にいるようで空気も一段と美しく感じますね~

こちらは稲荷堂。派手で明るい印象があるお稲荷さんですが、雨宝院のそれは控えめでしっとりとした風情。
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織物の町として知られる西陣でその織り糸を染めるのに欠かせないのが水・・・質の良い軟水です。
西陣の五水(千代井、桜井、安居井、鹿子井)の一つに数えられるのが、雨宝院にある染殿井
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今もこんこんと水が湧き出ていますが、残念ながら飲料には適さず手水として使われています。

ここ雨宝院は別名『花の寺』とも呼ばれ、桜の季節はもちろん四季折々に美しい花が楽しめることでも
よく知られています。残念ながら少し遅かったのですが、特に「歓喜桜」「松月桜」の散り花は
境内を真っ白に埋めるほどに見事だといいます。松月桜が名残の花を残してくれていました(*^^*)
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清楚で繊細な八重桜ですね。アンティークレースにも似た柔らかな花びらが日に透けてとても美しい~

珍しい薄緑がかった桜は「御衣黄(ぎょいこう)」。貴族が身に着ける萌黄色に近いことから
この名が付いたといわれています。
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盛りを過ぎるとだんだんと薄紅色に変化していくのだとか。こちらの桜も今年はもう見納めのようですね。

桜の他にもあちこちに美しさを競うように堂々と咲く花がたくさん(*^^*)
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ドウダンツツジや椿、名前はわかりませんが可憐な白い花は楚々とした風情が奥ゆかしいですね!

椿は銘のあるものも数多く見られました。
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左は「えぞにしき」。白赤の混じった花弁が華やかでモダンです。
まるで砂糖菓子のようにぽってりと丸く整った美しい花は「乙女椿」。その名の通り濃い葉陰に隠れて
恥ずかしそうに咲いています(*^^*)

ハナミズキやシャクヤクもちょうど見ごろでした☆
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百花の王の名にふさわしい堂々としたシャクヤクの見事さには感動!!
周囲を飛ぶミツバチにもめげずに夢中でシャッターを切りました(^^)

ちょうど良い季節に恵まれたようで、たくさんのいろいろな花を愛でることができた雨宝院。
どこか隠れ家のような、あるいは胎内で守られているような・・・ほっと落ち着いて心身が安心できる
素晴らしいお寺でした。

西陣てくてくはしご寺シリーズ、次回完結です☆
あともうしばらくお付き合いのほど、よろしくお願いいたしますm(_ _)m

西陣てくてくはしご寺 その3

さてさて猫の寺にはお参りできなかったあすもじゃったが、そのままてくてくと歩いていくと
大きな通りをはさんで赤い提灯が並ぶお堂が見えてきおったそうな。
どうやら地獄の閻魔大王をお祀りしておる『千本えんま堂』のようじゃ。
あの世へ渡る前にはお世話になる神さまじゃ。ここはひとつご挨拶でもしておこうかのぅ・・・
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・・・というわけで、遅々として進まない西陣レポでございますが(^^;第3回の本日は
千本えんま堂すなわち引接寺(いんじょうじ)からスタートです☆
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 高野山真言宗に属する寺院で春の念仏狂言が行われることでも有名です。
 寺名である『引接』とは、『引導』と同じく仏が人間をあの世に導いてくれるという意味であり、その名の通り
 かつての京都にある三大墓地であった化野(あだしの)、鳥辺野(とりべの)、蓮台野(れんだいの)のひとつ、
 蓮台野の入り口にあります。
 開祖は、生きながらにしてこの世とあの世を自由に行き来でき閻魔大王の補佐官をしていたとされる
 小野篁(おののたかむら)
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 篁卿自らが閻魔さまのお姿 を刻み、祠を建立したのが最初だそうです。
 その比叡山恵心僧都源信の門弟、定覚上人によって『光明山歓 喜院引接寺』と命名され、仏教寺院として
 開山しました。

こじんまりとした境内にアットホームな雰囲気ただよう親しみやすいお堂です。
いずれ三途の川を渡って閻魔さまの前に座るのは老若男女、お金持ちも庶民も同じこと。
誰にとっても身近な神さまなんでしょうね(^^)

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本堂の裏手にはたくさんのお地蔵さまが奉納された供養池がありました。
京都では旧盆にご先祖の精霊が閻魔さまのお許しを得て各家庭にお戻りになります。
引接寺では8月の旧盆に水塔婆を流し迎え鐘をついて「おしょらいさん」と呼ばれる先祖の霊をお迎えします。

京都市文化財に指定されている梵鐘は室町南北朝時代に造られたもの。毎年八月の「お精霊迎え」の行事には
「迎え鐘」「送り鐘」、また大晦日の「除夜の鐘」として今も現役で頑張っているそうです(^^)

えんま堂でもうひとつ有名なのが、遅咲きの桜・・・
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普賢象(ふげんぞう)です。かの足利義満(一休さんに出てくるあのワガママ将軍です笑)も
参詣の折にいたく感服されたといわれる美しい多弁の桜は、その華やかな姿とはうらはらに、
花びら1枚ずつでなく花冠のままぼとりと落ちる散り様が、さながら斬首される囚人の姿に似ているため
船岡山の刑場の麓に植えられたのだとか。
ゴールデンウィークのこの時期にちょうど見ごろを迎えていました(*^^*)

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こちらは紫式部供養塔(重文指定)。紫式部のあの世での不遇な姿を見て成仏させんとして
円阿上人の勧進により建立されたそうです・・・紫式部、あの世でなにがあったんでしょうか?(^^;;

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

続いて閻魔さまと地獄つながりのお寺をもう一軒。
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その名もズバリ『釘抜(くぎぬき)地蔵』石像寺(しゃくぞうじ)でございます。
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弘法大師空海によって819年に創建されました。唐から持ち帰った石に自ら彫られた地蔵尊がご本尊で
諸々の苦しみを抜き取ってくださるお地蔵様ということから「苦抜(くぬき)地蔵」と呼ばれるようになり
その後「くぬき」がなまって「くぎぬき」の名になったといわれています。
また、別の言い伝えによると・・・
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 室町時代、ある大商人が両手の痛みに悩まされ様々な治療を行いましたが痛みは治まらず、
 苦しみを抜いてくれると評判であったお地蔵様に7日間、願掛けに訪れました。7日目、夢の中にお地蔵様が現れ
 「この痛みは前世でわら人形に釘を打ち人をのろったむくいだ」とおっしゃり、手の中に刺さっていた2本の釘を
 抜いてごらんになりました。商人が目覚めると両手の痛みが治まっており、急いで石像寺に行ってみると
 地蔵像の前に血のついた2本の釘が・・・それは夢の中でお地蔵様が抜いてくれた釘であったのです。
 商人はお地蔵様に感謝し100日間お礼参りをしました。それから「釘抜地蔵」と呼ばれるようになりました。

体や心に痛みを持つ方がたくさん治癒祈願にいらっしゃる釘抜き地蔵。ご利益を受け、苦しみがなくなれば
2本の八寸釘と釘抜を貼り付けた絵馬を奉納する習わしがあります。
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本堂周囲にずらりと並んだ釘抜きの絵馬がそのパワーを物語っていますね(@0@)
ほかにもあちこちに釘抜きの意匠が見られます。
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境内には参拝者の為にお寺の方が用意したお茶が置かれていて、いつでも自由にお茶が飲める様に
なっています。わたくしがお邪魔した時にも近所の方らしい人々がのんびりと境内でくつろいでおられました。
こちらもとてもアットホームで地域に密着している雰囲気が感じられました(^^)

さあて今度はどちらに向かって歩きましょうか。
気の向くまま足の向くまま、カメラを片手にのんびり歩くわたくしの頭上をひらりとかすめるものが!
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お分かりいただけますでしょうか・・・そう、つばめです(≧▽≦)
近くの民家の軒下に巣があるみたいでした。大通りから外れているので騒音も排ガスも少なく
閑静で落ち着いた町並みに、心なしかつばめも伸び伸びと飛んでいるように見えました♪

続いては『花の寺』をめざします(⌒∇⌒)ノ
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西陣てくてくはしご寺 その2

さてさて。本隆寺をあとにしたあすもじゃったが、はて右へ行こうか左へ行こうか・・・
なにせ、な~んも考えんと家を出たものでどこに何があるのやらさっぱりわからん。
じっと考え込んでいても始まらないのでとにかく気の向くまま足の向くまま
民家の並ぶ北の方へと歩き始めたんだと。

それにしても天気の良いことこの上なし。てくてくと歩くうちに汗ばむほどじゃが
日焼けが怖ぉて上着を脱ぐこともできん。つくづく日傘を忘れたことを悔やむあすもじゃった。

しばらくすると、なにやらいい匂いが漂ってきた。とたんにあすもの腹の虫がくうくうと泣き始める。
そういえばまだ昼飯をいただいてはおらんかったか。
あすもはまるですずめのお宿に引き込まれる意地悪ばあさんのごとく、町屋造りの小洒落た店に
ふらふらと足を踏み入れたのじゃった・・・

というわけで西陣てくてくシリーズ第二弾は美味しいランチの話題から始まります♪
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chouchou favori(シュシュファボリ)さま
以前は「亀井米穀店」という古いお米屋さんだったそうです。町屋のたたずまいをそのまま残して
リノベーションされた、とても雰囲気のあるお店じゃあ~りませんか(*^^*)
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奥へと続く土間を抜けると、こじんまりとした客席と小さな坪庭があります。二階へと上る古い階段も
いかにも古びた感じが素敵(☆▽☆)お店の方にお伺いしてちょっと昇らせていただきました♪
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屋根裏部屋のような低い天井の2階にはちいさな炬燵席が!!こんなお席だったらいつまでもごろごろと
くつろいでしまって帰れなくなりそうですね(笑)
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ランチメニューも豊富でいろいろ目移りしてしまいます。
・・・さんざん悩んだ結果、釜揚げしらすと新玉ねぎのトマトソースパスタをいただくことに♪

おひとりさまなのでのんびりと雑誌をめくりながら待つことしばし・・・近くの席にお料理を運んで来られた
店員さんの声が聞こえてきます。

 『“今日のお昼ごはん”のスープでございます。こちら蚕豆のポタージュとなっております』

いやーん!ウマそーーっ(≧▽≦) 蚕豆のポタージュ大好きやねん♡♡♡
やっぱり“今日のお昼ごはん”にすれば良かったかなぁ魚フライの自家製タルタルソースにもピピッてきたもんなぁ。

・・・などと素知らぬ風を装いつつ心の中であれこれ逡巡していると今度はジューッっという音とともに
お肉の焼けるものすごくいい匂いが!!!

 『ハンバーグ定食のお客さま、お待たせしました。鉄板が熱いのでお気を付けください』

鉄板?!鉄板てかっ!!カフェのハンバーグ定食だからてっきり白いプレートにサラダなんかと一緒に
ちんまりの盛られているのかと思いきや、めちゃくちゃ本格的な鉄板皿でじゅうじゅう音を立ててますやん!
うわぁ~アカンアカンこの匂いたまらんな~(≧▽≦)やっぱ、ハンバーグにしとけばよかったぁ。

・・・と素知らぬ風を装いきれずにちらっちらとハンバーグの方に視線をやりつつ煩悶していたら
ようやくわたくしの前にもお皿が並びました(*^^*)
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珍しくビーツの入ったサラダのお野菜はどれもピンピンと新鮮♪バケットもほんのりと温かくて皮はパリパリ!
たっぷりのしらすが乗ったパスタはトマトの酸味と新玉ねぎの甘みが絶妙でメロウマでございます(≧▽≦)

やっぱパスタにして良かった(笑)

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新玉ねぎのしゃきしゃき感が伝わるでしょうか(^^)一口かじるとじわっと広がる甘さとほのかな辛みは
旬ならではの美味しさですね~♡

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おなかもいっぱいになったところで再び散策に戻ります。ちょうど折よく町内地図の看板を見つけたので
ここで次の目的地をリサーチ(^^)あれこれと地図をたどっていくと近くに「猫寺」というのがあるようです。
なかなか面白そうじゃあーりませんか!動物全般がニガテなわたくしですが、にゃんこだけは大好きなんです♡
これはぜひ行かねばなるまいぞ!!
じっくり場所を確かめてから再び歩くことおよそ5分・・・称念寺 (しょうねんじ)通称「猫寺」に到着しました☆

が。

なんとなく勝手に入りづらい雰囲気(^^;
門の奥はひっそりとしていてもしかしたらこれは非公開なのかしらん、でも門は空いてるしなぁ・・・
おそるおそる近づくと門の横に注意書きがあって『ご用の方はお声をかけてください。無断撮影厳禁
と書かれているではありませんか!
いちおう中ものぞいてみたのですが人っこ一人いらっしゃらない様子で、社務所らしきものも見当たらず
本堂の手前には普通のお宅(たぶんご住職さまのお宅?)がありますが、こちらも玄関が閉めきられています。

うーむ・・・せめて門の外からだけでも、とカメラを構えかけたのですが、注意書きには続きがあって
『無断撮影厳禁。監視カメラ稼働中ですと?!マジでか(^^;

残念ながらしおしおと引き返すしかないわたくし・・・せめて『猫寺』のいわくだけでも(^^;
 1606年に開基上人が松平信吉公の帰依を受け建立された称念寺ですが、公がお亡くなりになると
 徐々に廃れてしまいます。時は過ぎて3代目の住職還誉上人の頃、和尚は一匹の猫を飼っておりました。
 たいそう可愛がっておいででしたが、ある夜のこと托鉢を終え疲れ果てた和尚が寺へ帰ってくると
 世にも美しい姫が優美な衣装を身にまとい月光をあびながら舞を舞っているではありませんか。
 本堂の障子に写る影からその姫が愛猫の化身だと気付いた和尚は思わず
 「私がこんなに苦労しているのに、踊り浮かれている時ではあるまいに」と腹を立て
 猫を寺から追い出してしまいます。姿を消した愛猫は数日後、和尚の夢枕に立って
 「明日、寺を訪れる武士を丁重にもてなせば寺は再び隆盛する」と告げました。翌日、お告げ通りに
 松平家の武士が訪れ、同家と復縁した寺は以前にも増して栄えたということです。


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(画像は京都散歩ナビさまよりお借りしています。転載不可)

参拝できなかったのはちょっぴり心残りですが、気を取り直してまだまだ歩くにゃ~~~ん(^=・ω・=^)

西陣てくてくはしご寺 その1

おはようございます(^^)

むか~しむかし(注:連休はしりの日曜日4/27)のことじゃった。
ボス夫さんは山へゴルフをしに、娘は街へデートに行っておったそうな。
ひとり家に残されたばあさんあすもは、あまりのお天気の良さに誘われて
ふらふらと外に出かけたんじゃ。

いざ家を出てから、さてどこへ行ったものかと思案したあすもじゃったが、
かねてより一度は散歩してみたいと考えておった西陣界隈に行ってみるべと
思い立ったんだと。

うっかり日傘を忘れてしもうたあすもが仕方なく歩道の陰を選びながらてくてく歩いて
最初に向かったのが・・・
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慧光山本隆寺(写真は東門)
・・・というわけで、常田富士夫氏風の語りで始まりましたシリーズ『西陣てくてくはしご寺』第一弾は
法華宗(真門流)の総本山である本隆寺からスタートでございます☆

 1488年に日真大和尚(にちしんだいかしょう)のお手によって開創された本寺でしたが、1536年に起こった
 天文法華の乱と呼ばれる比叡山延暦寺と日蓮宗の間の宗教争乱により全て焼失、大阪の堺に避難します。
 その後1542年に現在地に再建されましたが1653年、1788年と二度の大火に見舞われます。
 1788年の大火の折には西陣一帯が焼け野原になってしまうも、本堂・祖師堂・宝庫は消失を免れたことより
 「焼けずの寺」の異名がつくようになりました。


東門をくぐってまず最初に目につくのが大きなカエデの木!
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こちらはタカオカエデといってごく一般的なイロハモミジの別称なのですが、平成18年に京都市が指定した
保存樹なのだそうです。ちょうど青々しい若葉が初夏のような日差しに生き生きと輝いていました♪
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境内には番神堂・鐘楼・経蔵・宝物殿・方丈などが並んでいます。
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番神堂(右上)は神仏習合で1ヶ月30日を交代で守護したという三十番神が祀られています。
左上は鐘楼、左下は『転法輪蔵』と呼ばれる建物です。
南門(右下)周辺は一部駐車場となっていましたが、門そのものはその古色を充分に残しています。
木鼻には獅子と象があしらわれていました。
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かなりオリエンタルな感じの造詣に思えますね(^^)特に象の方は、普通『獏』が彫られることが多いので
最初は獏だと思ったのですが頭頂のふくらみや鼻の長さ、耳の大きさなどはどう見ても象っぽい気が・・・

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こちらは重要文化財に指定されている祖師堂。本堂と同時期に再建されたもので1788年の大火にも
焼失を免れて当時の姿をそのまま残しています。寄棟造、本瓦葺のシンプルな造りながら木鼻の雲流など
端正で美しいたたずまいです。

本殿は祖師堂と同じく1657年に再建されたものが現存しており、こちらは入母屋造、本瓦葺きの七間堂。
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京都の日蓮宗諸山では最古の本堂といわれており、こちらも重文指定されています。
本殿の鬼瓦はなかなか迫力があります!虚空ではなく斜め下を睨んでいるんですね~
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寺周囲の土塀もかなり年季の入った渋いものです(*^^*)リズミカルに埋め込まれた瓦の波が素敵♡

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祖師堂の側にあるのが『夜泣き止め松』
 1532年元旦のこと。五世日諦上人の元にある婦人が訪れ、ぜひ寺で養育してほしいと 
 手に抱いていた赤ん坊を託します。夜中に母を求めて泣く赤子を抱いた上人がこの松の周囲を巡ると
 不思議に夜泣きはたちまち止んだといいます。赤ん坊は長じて智慧に長け信心も篤い名僧となり
 のちに七世日信として正親町天皇より『法印』の称号をいただくまでになったのだとか。


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こんな感じで、まずは日蓮宗派の渋いお寺から始まりました西陣てくてくはしご寺散歩
ほとんどノープランで目についた道をのんびり歩いたのですが、思っていた以上にいろいろな社寺を
拝観することができました(^▽^)随時、公開させていただきますのでどうぞ気長におつきあいのほどを♡

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