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ニシヘヒガシヘ その3

朝晩めっきり涼しくなってきましたね。みなさまどうぞ寝冷えなどなさらないように(^^)

さてさて前回(過去記事はコチラ)、西本願寺を去り際に発見したあの屋根、思わず『モスクワァ~の味~♪』と
歌いたくなってしまうエキゾチックな建物はいったい何だったんでしょうか?
ドーム屋根を目印に門前通りをまっすぐ進むと、ちょうどお東さんへの通り道に建っていましたよ!!
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本願寺伝道院・・・明治45年に真宗信徒の生命保険会社社屋として建築されたもので、
設計は東京帝大(現在の東大)教授であった伊東忠太氏、施工は竹中工務店が請け負いました。
当時は複数棟でしたが現在では本館のみが残っていて京都市有形文化財に指定されています。

周囲には昔ながらの町屋造りの仏具屋さんが並ぶなかで、ひときわ目立つ赤白レンガが印象的な外観は
ヴィクトリア朝風ですが細部にはサラセン(イスラム教徒の建築様式)やインド風の意匠が取り入れられ
非常に興味深いデザインとなっています。
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中には入れませんが、室内には和風の天井にアールヌーヴォーの照明が取り付けられているそうです。
窓の鉄飾りの優美なカーブにもアールヌーヴォーのエッセンスが感じられますね!
『日本、アジア及び西洋が三位一体した形』とも言われ、設計者である伊東忠太氏の思想がはっきりと
表現された素晴らしい建物です。

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見る角度によって全然違うテイストなのにトータルで見ると非常にバランス良く馴染んでいるのが不思議ですね!

実はこの伊東忠太氏、大の妖怪好きであったそうです☆
本願寺伝道院の玄関前に狛犬が鎮座しているのですが・・・
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今まで見てきた中でもっとも個性的(笑)
まるでRPGゲームに出てくるモンスターみたいですが、ちゃんと『阿吽』になってるのが面白~い(≧▽≦)
その他にも・・・
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さまざまな空想の動物たちが車止めの石柱にあしらわれています。鳳凰や龍、羽の生えた象などそのまま
ゲームのキャラになりそうですね!!

思わぬ形で京都の近代建築に触れることができて大満足o(*^▽^*)o~♪
テンションが上がって足取りも軽く、お東さんの門前に差し掛かったところで雨が降ってきた~( ̄ロ ̄;)
・・・というわけでここからの写真には斜めの線が走ってます(苦笑)
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阿弥陀堂門は切妻造り檜皮葺の四脚門で、建てられた当初は『唐門』と呼ばれていました。
その名のとおり、正背面に設けられた唐破風をはじめ非常に精細な装飾が凝らされています。
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西本願寺の唐門のような華やかさはありませんが、古色豊かで落ち着きと風格に満ちた造詣の数々に
またもや足留めされてしまいましたwww

木鼻の細工も見事!!
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牡丹の花でしょうか。木目の感じから一木彫りのようにも思えるのですが(違ってたらゴメンナサイ)
とにかくその花弁一枚一枚が触れなば落ちんといった風情で本当に素晴らしいです(≧▽≦)
ここまで装飾的な木鼻というのも珍しいのではないでしょうか。

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阿弥陀堂は残念ながら現在修復中。来年には完了するそうですが、今はすっぽりと素屋根に覆われています。
工事中のため中にはもちろん入れませんが、御影堂に通じる渡り廊下から少し垣間見ることができました。
ご本尊である阿弥陀如来は、工事期間中は御影堂の内陣にある九字之間に移されていらっしゃるのだとか。
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工事現場にあった鐘。わりと無造作に置かれてました(笑)

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西本願寺以上の重厚なスケール感を見せる御影堂は間口76m・奥行き58mと建築面積において
世界最大の木造建築です。
東本願寺に現存する建物のほとんどは、幕末に起きた禁門の変による火災(通称どんどん焼けによって焼失、
明治期に再建されたものですが、その建築には当時の技術の粋が集められています。
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もはや広縁の向こうが霞んで見える(笑)とんでもないスケールのお堂ですね!
ちょうど雨脚も強まってきて参拝者の方々も雨宿りがてらに入堂されていたのですが、その広さゆえでしょうか
全然混み合っている様子にはなりません(^^)

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こちらも内外陣での撮影は禁じられていますので広縁の向こうから望遠でそっと撮影させていただきました。
扁額に『見真』とあるのは浄土真宗の開祖、親鸞聖人の諡号(しごう:贈り名のこと)であり、その意味は
『智慧によって真理を見きわめること』だそうです。それにしてもなんと豪華絢爛な装飾でしょうか(@0@)

御影堂で見つけた生き物たち♪
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左上:手水に置かれたは胴体の滑らかなしなりが美しいです。木樋にかけられた前足がちょっと可愛い(笑)
右上:降り鬼に使われる造詣としては珍しい玄武。きりっと引き締まった勇壮な表情がカッコいいですね!
左下:木鼻は睨みの利いた。お東さんの装飾はどれも彩色の華やかさはありませんが、細工の細やかさが
    見事で、お西さんに負けない華があります。
右下:高廊下へ繋がる欄間に見つけた鹿は美しい紅葉の合間から見返る姿が愛らしいです。

残念ながら京都三大門のひとつである御影堂門も修復中で見ることがかないませんでしたが、
その北側に位置する
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菊の門をご紹介しましょう(^^)
宗祖650年遠忌事業として1911年に建設されたもので、切妻造に檜皮葺の四脚門。
設計は亀岡末吉という明治時代の建築家で、内務省技師として社寺建築の調査・保存事業に尽力した人物。
伝統的な四脚門の形式を踏襲しながら彫刻や木鼻絵様には近代的感覚を生かした意匠となっています。
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こちらの木鼻はモダンさの中にも荘厳な趣があって本当に素晴らしいです(≧▽≦)
蟇股の繊細な彫りも美しいですが銅板に施された細工の見事なこと!!
阿弥陀堂門や御影堂門に比べるといまひとつ扱いの薄い感がある菊の門ですが、わたくし的にはむしろ
ナンバー1といっても過言ではありません☆ご参拝の折にはぜひチェックしてみてくださいませ~(^^)

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それでは最後にもう一度、御影堂の悠々たる姿を目に焼き付けてから帰路につくといたしましょう。

ニシヘヒガシヘ・・・阿弥陀如来のご加護を感じつつ壮大なお堂と御門、それらを彩る精緻な装飾を
存分に楽しむことができました(≧▽≦)
いろいろとオマケ的な発見もあって充実した一日だったなぁ・・・けっこうな豪雨だけど(笑)

  ニシヘヒガシヘ・・・もうちょっとオマケ♪
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ニシヘヒガシヘ その2

こんばんは!昨日はいきなり仕事場のPCのセキュリティソフトが作動しなくなってしまって
あたふたしていたあすもです(@0@;;
結局は何のことはない、購入時のサービス期間が過ぎてただけなんですけど
予告なし告知なしで終了してしまったので、自力では全然原因が分からなくて焦りました~

コメントをいただいていた方々には大変お返事が遅れてしまい申し訳ありませんでしたm(_ _)m

さて、『ニシヘヒガシヘ』の続きです。(前回のお話はコチラをどうぞ)
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御影堂に負けず劣らずの迫力ある佇まいを見せるのが阿弥陀堂
入り母屋造りに瓦葺きの外観もそっくりで、御影堂と並んでいるとまるで双子の兄弟のようですねww
東西42m南北45m高さ25mとほんの少し小ぶりですが、真宗寺院の阿弥陀堂としては最大規模です。
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屋根にはきりっと表情を引き締めた獅子が尾を振り立てて、まるで阿弥陀さまをお守りしているようです。
この阿弥陀堂の内部も自由に参拝することができますが、ちょうど勤行中で内陣の写真はNGでした。
あまりに欄間が美しかったので外を向いて一枚だけパチリ☆

ここでひとつクエスチョン!

他の寺院や神社ではよく見かけるあるモノが本願寺には見当たりません。
さてそれはいったい何でしょうか?






正解は・・・

お守りです!!

浄土真宗の教えでは阿弥陀如来のお力によって、苦悩や迷いから自力では離れられぬ人間を
救って下さるという『他力本願』が基本思想です。つまり日々、阿弥陀さまの慈悲に庇護され
生かされているので、神通力や奇跡をあてにしたり吉凶を気にする必要がないというわけですね。
同じ理由で、御朱印(本来、納経によりいただくもの)お札、おみくじ、絵馬などもありません(^^)

阿弥陀堂の前に阿弥陀堂門が建てられています。
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こちらも御影堂門と同じように精緻で美しい細工がちりばめられていて思わず足が止まってしまいます!
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御影堂門の門柱にあしらわれていたのは獅子でしたが阿弥陀堂門には龍の姿が(右上)
扉の透かし彫りに薄曇りの空が透けてとても綺麗でした(≧▽≦)

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天海僧正が12年の歳月をかけて開版された『大蔵経(一切経)』が収められている経蔵(左右上)は
内部に書棚を据えた八角形の堂が設けられ、この堂が回転する仕組みになっていることから
『転輪蔵(てんりんぞう)と呼ばれています。残念ながら中を見ることはできませんが、
内壁に貼られた腰陶板は伊万里の有田柿右衛門派の中でも最も初期の作品だそうです。
うーん・・・み、見てみたい(*´∇`*)ウットリ

国宝指定されているのが書院。非公開ですが事前に予約することで一部拝観ができるそうです。
写真は書院の北東に位置する黒書院。寄棟造、こけら葺きの屋根の落ち着いた数寄屋風の建物で
南西に広がる白書院対面所(鴻の間)が表向きの接客空間であるのに対してこの黒書院は
門主の生活の場となっています。

西本願寺の国宝といえばもっとも有名なのが唐門でしょう!別名 『日暮門(ひぐらしもん)といい、
その細部にまでいたる見事な彫刻の素晴らしさに眺めていると日が暮れるのも忘れる由縁なのだとか。
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日が暮れるどころか3日くらい眺めてそうな自分(笑)

本当にもうどこから見ていいのやら迷うほどのてんこ盛りっぷりでございます(≧▽≦)
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前後に計4本の控え柱をもつ四脚門形式で、屋根は檜皮葺き、正背面は唐破風造、側面は入母屋造。
聚楽第の遺構とも伏見城の遺構とも伝えられていますが、いつ本願寺に移築されたかははっきりしていません。

総漆塗りの本体に眩暈がしてきそうなほどの精緻な極彩色彫刻と鍍金金具の装飾は、場所によっては
なんと厚みが60センチにもなり、長年において何度も付加、修理されてきたことが伺えるそうです。

扉にレリーフされた8体の獅子はすべて違った表情、ポーズがとても愛らしいんです♪(左下)
ちょっと見づらい画像で恐縮ですが皆さまはどのコがお好みでしょうか。
わたくしのお気に入りはきりりと引き締まった表情で見返る青い毛並みの彼と、伸び伸びと四肢を広げて
元気に駆け回っている赤毛のコです(≧▽≦)
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唐門にあしらわれている動物は他にもたくさんあります。
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蟇股下部に悠々と金色の羽を広げているのは鳳凰(左上)尾羽のしなりがなんとも優美で艶めかしい~
吉兆である麒麟の躍動感も素晴らしいですね!(右上)
側面に居るのは猫にも見えますが、薄く残る模様を見るとどうやら虎のようです(左下)
木鼻は豪奢な彫りがまぶしい獅子。(右下)異国風の柔和な表情もいいですね~
獅子や獏の頭部、雲流などは比較的よく目にする造詣ですが、この唐門の木鼻は獅子だけではないんです♪
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獅子の対角に優美な花が開いています。その花弁のはかなげなまでの柔らかさが見事に再現されていて
思わずため息をついてしまうほど(´ー`*)。・:*ジーン

側面には中国の故事にちなんだ透かし彫りがなされていました。
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 古代中国の王である尭(ぎょう)が誰かに王位を譲ろうと思い立ち、相応しい者を探していました。
 許由(きょゆう)という賢者が居ると聞きつけた堯は王位を継いでくれるよう許由に命じましたが
 許由は「心地悪いことを聞いてしまった」と言って滝の水で耳を洗い出しました。
 ちょうどそこでは同じく隠者であった巣父(そうふ)が牛に水を飲ませようとしているところでした。
 耳を洗う許由から事情を聞いた巣父は「汚れてしまった水を牛に飲ませるわけにはいかぬ」と言って
 帰って行きました。

左の画像に映る人物が滝の水で耳を洗う許由、右の画像で牛を牽いているのが巣父です。
この故事では王位=権威を汚れたものに例え、要らぬ欲を捨て世俗から離れた境地に達することを
示しているんですね(^^)

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この日は薄曇りに時おり小雨がぱらつく天気ながら参拝客の方や海外からの観光客の方が
たくさんおいでのようで、御影堂や阿弥陀堂を熱心に見ていらしたのですが、西本願寺を代表する
国宝の唐門は、境内から少し奥まった分かりにくいところにあるせいでしょうか、ひっそりとして
人の姿もほとんどなかったんです!おかげで日が暮れるほどではありませんが(笑)隅から隅まで
じっくりと堪能することができました(≧▽≦)

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唐門のすぐ向かいにあるのが大玄関です。本瓦葺きに入母屋造りのこの建物は、公式の行事に際して
来客を迎える折に使用されます。
大玄関の前には左右に門番屋を持つ重厚な門が建てられ、傍には馬繋ぎと呼ばれる建物が設置されているなど
寺院でありつつも武家時代の遺風が感じられます。

前述した書院をはじめ、西本願寺には事前に申し込まないと拝観できない建物がいくつかあるのですが
国宝指定されている飛雲閣もその一つ。
金閣、銀閣とともに京都三名閣に数えられ、秀吉が建てた聚楽第の一部で三層建ての楼閣建築・・・と聞けば
これはぜひとも見てみたいものです。
朝にふと思い立って出てきたので当然内部には入れなのですが、せめて塀の外からちらりとでも見えないかと
ウロウロしてみました(笑)肝心の飛雲閣はまあこの程度にしか見えなかったのですが
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・・・代わりに素晴らしい鐘楼を発見!!
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境内の南の隅っこに隠れるように建つ鐘楼は、なんといってもその華やかな色彩に驚かされます。
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重文指定されている梵鐘は、平成8年に再建された二代目で、現在も法要が始まる前に撞き鳴らされています。
1150年ごろ鋳造されたとされる初代の鐘は太秦の広隆寺から譲り受けられたもので
安穏殿に保存されているそうです。
くっきりとした華やかな色合いで飾られた鐘楼の細工もまた美しいものでした(*^^*)
こういう隠れた魅力にふと出会えるところがお寺巡りの醍醐味なんです♪

幕末史にご興味をお持ちの方であれば、京の町を闊歩した新選組と西本願寺には浅からぬ縁があることを
ご存知ではないでしょうか。

 黒船来航、安政の大獄、桜田門外の変と、鎖国政策の中で200年も続いた眠りを破られ激動の時代へと
 変貌していく幕末に、京都に闊歩する反幕勢力を掃討するために組織された武力集団であった新選組は
 京都守護職の任にあった会津藩主松平容保のバックアップを受け、その規模を拡大していきました。
 当時、壬生村の郷士邸を間借りしていた屯所では手狭になったため、西本願寺に本拠を移したそうです。
 
 本願寺は攘夷の先兵であった長州と深い縁があったため、彼らを取り締まらんとする新選組との
 折り合いは悪く、まして殺生が禁じられている寺院にありながら、境内で大砲を轟かせたり
 食料用の豚を飼育したりしたため、参拝の門信徒や僧侶らもずいぶんと迷惑したと伝えられています。

 新選組の実質的な活動期間は6年ほどであり、幕府の衰退とともにその主だった隊士はほとんどが
 慙死を迎えることとなりましたが、元主力隊士でありながらかろうじて生き延びた島田魁が、明治維新後に
 縁あって本願寺の守衛を終生勤めたといいます。

 新選組の屯所として使われていた北集会所は明治6年に姫路市の本徳寺に一部移設されてしまったため
 その足跡をうかがえるのは寺内北東に残る太鼓楼だけとなりました。

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さて、じっくりとお西さんを堪能したところで次はお東さん、すなわち東本願寺に向かおうと
御影門に戻る途中で塀の向こうになんだか気になる建物を発見しました!!
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まるでアラビアのモスクがロシアの正教会のようなこちらはいったい何なんでしょうか??
長年京都に住んでいますが、いまだかつてお西さんとお東さんの間にこんな建物があるなんて
全然気が付きませんでした。

この摩訶不思議な建物の正体は?次回、その謎が明らかになる

・・・のかな?(笑) 乞うご期待☆

ニシヘヒガシヘ その1

先日の日曜日のこと。
ボス夫さんはゴルフへ娘は神戸へデートに出かけたので、ひとり時間を持て余すこととなったわたくし。
そこでふと思いついたのが『お西さん』から『お東さん』までをてくてく散策しよう!
名付けて『ニシヘヒガシヘ特集』でございます(*^^*) といっても京都在住の方以外には
『お西さん』『お東さん』って何ぞや??とお思いではないでしょうか。

 JR京都駅のすぐ近く、京都を南北に目抜く堀川通りを挟んで『龍谷山 本願寺(通称西本願寺)と
 『真宗本廟』(通称東本願寺)という、親鸞聖人によって開かれた浄土真宗の本山が並んでいます。
 地元の人は昔からこの二山をそれぞれ『お西さん』『お東さん』と呼んでいるんです。


やや雲行きは怪しいものの気温もさほど高くなく、戸外に出れば蒸し暑さもずいぶんマシなので
てくてく歩きにはちょうどいい日です♪
さっそく近隣のパーキングに駐車したら、まずはお西さん、すなわち『本願寺』をめざしましょう!

・・・・・・・・・・・と、パーキングのすぐ正面に気になる建物を発見☆
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灰青がかった壁に腰板がとてもシックで古びの美しさを感じる外観です。竹を使った駒寄せも情緒があって素敵!
実はこちら、薮内家流燕庵といい、400年以上の歴史を持ち現在13代を数える古儀茶道を今に伝える
薮内家のお茶室なのだそうです。
武家風な格式を持つこの表門は古田織部の堀川屋敷から移したものと伝えられているのだとか。

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どっしりとした皮付き丸太の門柱やリズミカルな木目が面白い杢板の腰板に目が惹かれます。
公式HPによると邸内は広く、見事な露地を中心に6つの茶室と祖堂が据えられているそうです。

それではてくてくと路地を抜けていよいよ西本願寺へと参りましょう♪
門前町から堀川通りに向いて立つとまず目に飛び込んでくるのが迫力ある総門です。
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ようこその垂れ幕の奥、通りを挟んで見通せるのが御影堂門
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まさにお西さんの顔にふさわしい堂々とした佇まいです。非常にベーシックな造りですが細部に目を向けると
精緻な細工が素晴らしく、夢中で眺めていたらなかなか境内に入れないっていう(笑)
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門柱の下方部に捲かれている銅版に浮き彫りにされている獅子の躍動感が見事です!(左下)

金網が邪魔で少し見づらいのですが、龍と獏が彫られていました。
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シンプルながら金箔を効果的に使われていて、とても格好いいんです(≧▽≦)

ホンマになかなか進まんな(笑)それではようやく境内に足を踏み入れてみましょう。
お西さんお東さんともに拝観料は必要なく(一部予約制要寄進)、気軽に出入りできるのが嬉しいです♪
まずは門と御影堂のちょうど間に、目を見張るような大きさの銀杏が!!
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後述しますが長大な御影堂がすっぽりと隠れるほどの大銀杏。まるで根を天に広げたようなその様相から
『逆さ銀杏』とも呼ばれており、樹齢は約400年。京都市の天然記念物にも指定されています。
本願寺に火災があった折には、なんと水を噴き出して消し止めたなんていう豪快な伝説の持ち主です(@0@)

大銀杏をぐるりと回り込んで、重要文化財に指定されている御影堂へ・・・
(他山では『みかげどう』『みえいどう』と読むことが多いですが、本願寺では『ごえいどう』と読みます)
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東西48m、南北62m、高さ29mからなり、227本の柱でなんとおよそ11万枚の瓦を支えているという
木造建築としては世界最大級の建物です。
2008年12月に平成の大修理を終えた、その威風堂々たる姿にはただもう圧倒されるばかり!!
通常サイズの写真に収めるのも苦労な御影堂はその懐も大らかで、靴を脱いで自由に上ることができます。

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60m以上に伸びる浜縁を見ているだけでなんだか心が広くなる感じ(*^^*)
床板もひんやりとしていて気持ちいいので、ほっこりと座って憩をとられている参拝の方も多くいらっしゃいました。
外陣には441枚の畳が敷かれているのだとか!!とにかくスケールの大きいお堂ですね!

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内陣に安置されているのは始祖親鸞聖人の御真影(木像)。豪華絢爛な細工で彩られていて眩しいほど。
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華やかな装飾に目を奪われがちですが、ここでちょっと足元にもご注目!!
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なんだかオシャレな木組みですがこれも装飾の一部でしょうか?

実はこれ、床に敷き詰められている木板に空いている節穴を埋めてあるんです。
本来ならばその節穴の形に応じた木片を詰めればいいのですが、わざわざやすりで様々な形に穴を削って
色味の違う木片をぴったりと納めて模様とする・・・いわば宮大工の遊び心なんですね♪

探し始めると思わず熱中してしまう宝さがし(笑)
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扇や瓢箪、桃に仏具と吉祥の模様が見つかりました!他にも富士山や動物の形もあるそうですので
興味がおありの方はどうぞ宝さがしにトライしてみてくださいませ♪

御影堂は外回りにもいろいろ面白い見どころがあるんです(*^^*)
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木鼻は異国情緒が漂う『象』です。
御影堂の正面左右にある150センチ四方の天水受けを支えているのが、可愛らしい四体の天邪鬼
ほぼ2頭身の愛嬌ある姿はまるで最近はやりのゆるキャラみたいですが(笑)、御影堂が再建された
1636年からおよそ380年近くもの間、この天水受けを支え続けているそうです!

長大な建物を支える柱にもこんな秘密が!
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柱を受けるため石のことを沓石というのですが、本願寺の沓石は一見すると木でできているようですね。
でも、その隙間をよくよく見ると実は石を木板で覆っているのが分かります。
元々は石榴の木で作られていたのだそうですが、親鸞聖人六百回大遠忌(1850年頃)にあたって行われた
修理の際、木では腐る可能性があるとして石に替えられたのだとか。その際、往年の姿をとどめようと
石の表面を木板で覆ったのだそうです。

それでは再び御影堂内部に戻り、渡り廊下を経て阿弥陀堂へとまいりましょうか。
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次回は阿弥陀堂から新撰組ゆかりの太鼓楼まで、お西さんの魅力にますます迫ってまいります(*^^*)
coming soon!!


   神戸のおみや~♪
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