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夏の思い出 萬福寺編

今年の夏も大変な猛暑烈暑でもはや37℃は当たり前!
インフルエンザ並みの発熱列島となりました。
そんな暑さにも負けず、お寺巡りも続けてます(^^)v

今回お邪魔したのは、宇治市にある萬福寺さんです。
黄檗山萬福寺は1654年に中国福建省から渡来した隠元禅師によって開創された
日本三禅宗のひとつ、黄檗宗の大本山です。
儀式作法やお経の発音など法式梵唄はすべて中国明代のものをそのまま継承し
伽藍も明朝様式が今も残る非常に珍しい建築群となっています。
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赤く塗られた胴と中央が高い二段の瓦屋根が印象的な総門
ちなみに後ろ姿はお手洗いを探しているボス夫さんです(笑)
総門の屋根の上に乗っているのはシャチホコではなく、摩伽羅という想像上の生物で
ヒレの代わりに足が生えているのだとか。
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総門からしばらく行くともうひとつ立派な門が見えてきます。これが三門
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日本の禅寺で一般的な三門といえば五間三戸(正面柱間が5つ、そのうち3間を通路とする)ですが
萬福寺の三門は三間三戸に二重門となっています。

三門の向こうには天王殿、その奥に大雄宝殿、さらに奥に法堂が西から東へ一直線に並び
諸堂の間は回廊で結ばれています。DSCN8730.jpg

萬福寺といえば有名なのがこちらの仏像
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寺の名に恥じない満腹感たっぷりのお腹と邪気のない満面の笑みが特徴的な布袋像です。
布袋さんは弥勒菩薩の化身といわれていますが、スマートな弥勒菩薩の面影は全然ないなぁ(笑)

もうひとつ、よく知られている萬福寺のランドマークを。
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斎堂すなわち食堂の前に吊り下げられている巨大な木製の魚・・・禅宗なのに殺生食?
いえいえご安心を。これは開梛(かいぱん)といって木魚のルーツとなるものです。
食事や法要の時間を叩いて知らせるためのものなんですね。

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法堂は特に明朝様式建築を色濃く残す伽藍です。色石がモザイクのように組み合わさった石垣や
卍くずしの匂欄など、いまにもジャッキーやブルースリーが姿を現わしそうな気がしませんか?

伽藍堂は内部もシノワズリ感が満載です!
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安置されているの 関聖大帝菩薩・・・これは三国志で有名な関羽を神格化した姿だそうです。
手前に置かれた香炉は色鮮やかな碧色にカラフルな花模様が精緻に描かれたもので
シンプルで渋いものが多い日本のそれとはずいぶん印象が異なりますね。

壽塔は開祖である隠元禅師のお墓です。緑濃い山手にひっそりと佇んでいます。
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さて、ここまでご覧いただいてお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、ここ萬福寺は
京都のお寺には珍しく撮影禁止場所がほとんどないんです(≧▽≦)
伽藍だけでなく仏像も基本的には撮影可能(非公開部を除く)なんですが、ルールがひとつだけ。
それは寺内にいらっしゃる雲水(僧侶)を撮影してはいけないということ。
修行の邪魔にならないようにこのルールはぜひ守りたいものですね。

想像していた以上に伽藍も見どころもそして懐も広くて深い萬福寺さん・・・
またひとつお気に入りの寺社が増えました♬
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 枯れ蓮に青とんぼ・・・夏ももうすぐ終わりですね(*^^*)
《2015.8.16》


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寺社あれこれ~建勲神社&泉涌寺

日一日と春めいてきた今日この頃。みなさまいかがお過ごしでしょうか(*^^*)
だんだんと暖かくなるのに比例するようにお出かけ熱も沸々と湧いてきて
あちこちの寺社に参拝することが多くなってきました。
今回はそんな足跡を少しずつご紹介していこうと思います♪

まずはまだ北風が冷たい頃、外回りの終わりにふと立ち寄った神社から。
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建勲神社は最も有名な戦国武将のひとり、織田信長を祭神とするお社です。
その歴史は意外と浅く、明治2年に天皇の下命により創建されました。
正しくは『たけいさお』神社といいますが地元では『けんくんさん』と呼ばれて親しまれています。
写真は国の登録有形文化財にも指定されている大鳥居。木造の明神鳥居で
幅5.5m高さ7.2mに及ぶ堂々たる姿は、まさに建勲神社の顔として恥じない重厚感がありますね。

建勲神社は標高112mの船岡山という小山の中腹にあり、参拝には長い階段を登ってまいります。
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朱色の鳥居をいくつか潜ると見えてくるのは義輝稲荷神社なる摂社です。
渡来人である秦氏が穀物織物の神をお祀りしたのが起源とされ、衣食と商工繁栄をつかさどる『宇迦御霊大神』
住居安泰、病魔退散の神である『国床立大神』、迷いを正し厄除けや交通安全のご利益がある『猿田彦大神』の
三柱を祭神としています。
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お狐さんはなぜか伏せ網の中に入れられていました。山の中なのでたぶん猪や鹿にいたずらされないように
ということだと思うのですが、この稲荷の元宮には『船岡山の霊狐』が祀られており、その神通力によって
さまざまな霊験があると聞けば、むしろお狐さんの方がいたずらをするのかしらんと思ってしまいます(笑)
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稲荷神社のすぐ横にせまる山肌にご注目!
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収斂した地層が幾重にも重なっている様子がお分かりいただけますでしょうか。
山の北側と南側には断層もみられることから地学上、隆起してできた山であるということが分かります。

まだまだ階段は続きます(汗)ヒールのない靴を履いていて良かった~(^^;
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息も切れ始めた頃ようやく境内が見えてきました。

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織田信長が好んでいたという謡曲『敦盛』の一節が刻まれた歌碑(左上)。
戦力に大きな開きがあった強敵今川義元勢に奇襲をかけんとする前夜に、信長が捨て身の覚悟を持って舞うシーンは
小説や映画、ドラマの中でも印象深く覚えておられる方も多いのではないでしょうか(^^)
建勲神社には山麓と山頂にそれぞれ狛犬がいます。こちらは頂きにある本殿を護っている狛さん(右上)。
愛知県岡崎市の戸松甚五郎氏の手によるもので、台座には織田家の家紋である木瓜の花が刻まれています。
拝殿(左右下)は入母屋造り檜皮葺で妻の木連格子と折上小組格天井が非常に美しい均整をみせ、
内側には織田信長公三十六功臣のうち半分の十八功臣の額が飾られていました。

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本殿前方にあるのが神門です。丸みを帯びた緩い起こり屋根が優しげで、峻厳とした信長の印象とは
少し違うように思いますが、あるいは信長公ご本人が伝わらざる優しさを持った方だったのかもしれませんね。

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ここ船岡山の地の神をお祀りしているのが船岡妙見社。桓武天皇によって京の地へ都が移される際、
四神相応における大地のパワーを司る玄武の坐す山として船岡山を北の基点に決めたといいます。
妙見社は船岡山の地の原始神として諸厄消除、万病平癒、家宅守護のご利益があるだけでなく
建勲神社そのものの守護をも担っているのだそうです。

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境内の向こうにもまだ山道は続きますが、さすがに陽が傾いてくると登り詰めるには少々勇気が要りそう(^^;
木々の向こうに広がる京都の街並みを楽しんだら下山するといたしましょう。

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続いては久しぶりにリア友さんとお寺歩きです♪一足早い梅の花を求めてお伺いしたのが・・・
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泉涌寺です。真言宗のお寺で創基は平安時代ともいわれていますが、詳細には異伝があり
実際的な開基は鎌倉時代とされています。皇室との結びつきも強く、後水尾天皇より孝明天皇に至る
歴代天皇が山内に葬られているそうです。

元は御所の内裏門であり重要文化財に指定されている大門をくぐってすぐの所にあるのが楊貴妃観音堂
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世界三大美女のひとりである楊貴妃はその美貌ゆえに傾城と争乱を招き非業の最期を迎えました。
夫であった玄宗皇帝は亡き妃の面影を偲び、香木に貴妃の等身坐像をかたどった観音像を造り
後にその観音像が、ここ泉涌寺に持ち帰られたと伝えられています。
お堂には在りし日の楊貴妃の姿を描いた扁額が掲げられ、境内には願掛け地蔵さまの御姿も。
絵馬は意外にもリリカルで可愛らしいキャラ風の絵柄でした(^^)

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仏殿(左上)は徳川四代将軍家綱の頃に再建されたもので釘や土を使わない工法に特色があります。
ご本尊は鎌倉時代を代表する仏師運慶の手による『三世三尊佛』と呼ばれる阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒如来。
仏殿の隣に並んでいるのが舎利殿(右上)。舎利殿というのはお釈迦さまの遺骨『仏舎利』を納める霊殿のこと。
泉涌寺に納められているのはお釈迦様のなんだとか(@0@)天井には狩野山雪による鳴き龍が描かれています。
泉涌寺の名の由来となった清泉を覆う形で建てられているのが泉涌水屋形(左下)です。
寺の開山である俊芿(しゅんじょう)律師が伽藍の造営を志した際、ここに清らかな泉が湧いたことから『泉涌寺』と
名づけられ、その清泉は今もなお絶えることなく湧き続けているといわれています。
霊明殿(右下)は明治15年に一度焼失しましたがその後、明治天皇によって再建されました。
天智天皇と光仁天皇から昭和天皇(南北両朝の天皇も含む)に至る歴代天皇皇后の尊牌が安置されているそうです。

歴代天皇の御霊が眠るこの霊明殿をお護りするかのように堂々と建つのが唐門
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御紋はもちろん皇室に所縁があることを示す十六弁の菊です。霊廟の御門ですので彩色などの派手さはありませんが
非常に緻密で美しい細工がなされている美麗門でした(≧▽≦)

重厚な伽藍の数々も素晴らしいのですが、泉涌寺で一番の見どころといえば何といっても雲龍院でしょう!
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泉涌寺の南側高台にある別院で、南北朝時代北朝の後光厳天皇の勅願により創建されました。
その後も皇室の帰依を受けて発展し、山内にありながら別格本山という高い寺格が与えられています。

美しく調えられた境内には梅の花がちょうど咲き始めていました(*^^*)
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ほのかに甘酸っぱい香りで胸を満たしつつ可憐な白梅を堪能したあとは、書院へと歩を進めます。
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庭園を囲むようにある5つの部屋からなる書院はとても落ち着いた雰囲気。玄関に飾られていた睨み龍図は
もしかして舎利殿のそれを模したものなのでしょうか??

書院の最奥にある『悟りの間』にあるのが、その名も悟りの窓と呼ばれる丸い飾り窓です。
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真円に刳られた窓の向こうに障子を重ねて、東山を借景にしながら美しい紅梅を眺めれば
その美しさはまるで夢のよう!
雑駁な背景を廃し、ただ一心に点景へと心を集中させる・・・まさに『悟りへの窓』ですね(^人^)

書院のあちこちに心尽くしの活け花が飾られていて見る者の心を穏やかにしてくれます。
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光と影までも計算されていながら、奥ゆかしく楚々とした風情なのがまた心憎いですね~(≧▽≦)

悟りの窓と並んでもうひとつ有名な窓が『れんげの間』にあるこちら。
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しきしの景色と呼ばれるこちらの雪見障子からはひとつひとつ違った風景が楽しめるんです!
すなわち、楓、椿、灯籠、松がそれぞれの窓から望めるのがご覧いただけますでしょうか?
座る位置によって順序が違って見えるのも不思議な面白さがあります。

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さきほどしきしの窓から見た日本庭園をぐるりと回り込むように書院の反対側へ進むと
雲龍院の伽藍である霊明殿・龍華殿へと続いています。
写真右は徳川家最後の将軍である慶喜公が寄進した石灯籠。幕末の混乱期に薩摩藩が放り出していたものを
二条家の血筋であった雲龍院の住職がこっそりと取りに行かせたものだと伝えられています。

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建勲神社、泉涌寺ともに見応えたっぷりの素晴らしい寺社でした💛
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毎度、長い長い記事に最後まで目を通していただいて本当にありがとうございます!
足を運ぶたびに新しい発見と感動、そして生き方の指針を下さる神域に感謝しつつ
次の行先をあれこれ考えるのも楽しいあすもがお送りいたしました(*^人^*)

次回は3月29日(日)を予定しています。まだまだお寺巡りは続きますよ~(笑)

速報!枝垂れ梅を愛でる

早くも夏を思わせるような明るい日差しと暖かさに恵まれた週明け☆
あまりにも良いお天気だったので仕事の合間を見計らって、娘と一緒に
枝垂れ梅を観に行きました(*^^*)

枝垂れといえば桜を思い浮かべることが多いのですが、京都市の南の方にある
城南宮さんでは見事な枝垂れ梅を楽しむことができます。
車で前を通ることはしょっちゅうなんですが、実はちゃんとお参りするのは初めて!
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真っ赤な鳥居からまっすぐに拝殿、本殿へと続く境内はとても広々としています。
その歴史は神功皇后の時代まで遡るといわれる大変由緒あるお社で、方除けの神さまとして
転居や旅行の際には欠かせない存在。
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神苑では3月25日まで『しだれ梅と椿まつり』が開催されています。
ちょうど見頃と聞いていたので否が応でも期待が高まっていたのですが・・・
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期待以上だ~~~っ!
まさに花のシャワーという感じで、抜けるような青空をバックに紅白の梅が咲き乱れています。
平日の午後とはいえ参拝客の方も大変多かったんですけれど、どこを向いても梅、梅、梅といった感じなので
人波が分散されてゆっくりと写真を撮ることができます♪ただ、休日はちょっと大変かもしれませんね(^^;

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枝垂れ梅をこれほど一堂に会して見ることは今までなかったのでとにかくその絢爛さに圧倒されました。
周囲には梅の甘酸っぱい香りが広がって、視覚だけでなく嗅覚も楽しませてもらえます💛

椿も本当にたくさんの種類があってそれぞれに個性を輝かせていました。
時期的にはもう散り初めといった感じでしたが、土の上に広がる落ち椿もまた風情があっていいものです。
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『しだれ梅と椿まつり』は3月25日までですが、神苑は美しい回遊式池泉庭園になっていて平安の情緒を
肌で感じられるスポットです。さまざまな種類の草花樹木が植えられていて、季節を問わず楽しめそう♪
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実を言うと、城南宮さんって由緒ある立派な古社ではあるんですがちょっと地味?っていうイメージを
勝手に持ってたんです(^^; 今回の訪問でその先入観はすっかり払拭されました!
やはり、寺社は自分の足で行ってみないとわかりませんね~

美しい時間をありがとうございました(*^人^*)
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よりみち紀行~嵯峨路をゆく その5

こんばんは~☆
はっと気が付けばすぐに3,4日経ってしまってる今日この頃。
せっかく足繁く通ってくださっている皆さまには、無沙汰の体たらくに言い訳のしようもなく
大変申し訳ございません<(_ _)>

まずは延々続いておりますよりみち紀行嵯峨路レポを完結させていただこうと思います(^^)

さて、京都の竹林といえば嵐山のそれが有名ですが(よくガイドブックなどにも載ってますネ☆)
実は嵯峨一帯はごくごく普通の住宅街の一画に馴染んでいたりします。
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あまりに馴染みすぎてそこが竹林であることにも気が付かないほど(笑)
この日は周囲がとても静かで風が吹くたびに竹の葉の擦れ合う音で、やっと存在に気付きました。
人ひとり出会うことなく住宅街を抜け、のどかな田圃道をしばらく行くと、まるで『まんが日本昔ばなし』
出てきそうな庵が見えてまいります。
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落柿舎(らくししゃ)は、向井去来の別荘として使用されていた草庵です。向井去来は元禄時代の俳人で
師である松尾芭蕉より「洛陽に去来ありて鎮西に俳諧奉行なり」と称えられたほどの高弟でした。
去来が落柿舎を営んだのは1687年以前とされ、1691年の4月から1ヶ月間は松尾芭蕉も滞在し
『嵯峨日記』を著したのだとか。現在の建物は1770年に俳人井上重厚によって再建されたものです。

玄関に掛けられている蓑と笠にご注目!
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これは庵主の在庵あるいは不在を示すもので、ここに蓑笠がかけてあったら在庵、なければ外出中
という印なんです。現在はもちろん庵主である去来はすでにこの世を去って久しいわけですが
落柿舎のシンボルとして常に『在庵』となっているんですね~(*^^*)

こんもりとした茅葺の屋根が印象的ですが、こちらは昨年およそ10ヶ月の工期を経て修復工事がなされました。
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去来が書いた『落柿舎記』によると、
 庭に柿の木が40本あり、都からきた商人が銭一貫文を出して、柿の実を買う約束をして帰ります。
 その夜、去来が寝ていると「ころころと屋根はしる音、ひしひしと庭につぶるる声、よすがら落ちもやまず」
 つまり一晩で柿の実がほとんど落ち尽してしまったのです。慌てて駆け付けた商人は
 『私は小さい時から白髪の生えたこの年になるまで柿の実を商売に扱ってきたが、これほど実が落ちる
  柿の木を見たことはない。申し訳ないが昨日支払ったお金を返してはくれまいか』
 と詫びて頼んだので、去来は柿の代金を全て返してやりました。

以来、この庵を『落柿舎』と呼ぶようになったのだそうです。
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しっとりとした佇まいとどこか懐かしい素朴なしつらえを眺めていると、心がほっこりと落ち着いて
なんとも穏やかな気持ちになれます(*´∇`*)
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リアルな生活感があって、今にも奥から去来や芭蕉がひょっこりと顔を出しそうwww

庭のあちこちには句碑が建てられています。こちらは師である松尾芭蕉が『嵯峨日記』の最尾に記した句。
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『五月雨や 色紙へぎたる 壁の跡』

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野山にあるような野趣と丹精込めて調えられた繊細さが同居している庭は、どこを切り撮っても絵になるので
素人カメラにはとてもありがたいです(笑) 
庭内には『投句箱』が設けられており、全国から投げ入れられた多くの俳句の中から、10月に執り行われる
去来祭の祭式にて『落柿舎投句大賞』が選ばれるのだとか。

我こそはと思われる諸兄はぜひチャレンジなさってみてはいかがでしょうか☆

奥庭で見つけた藤棚に伸びる藤の木が面白いように捻じれていました。
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 『とぐろ巻き 天まで伸びる 藤木かな』・・・・・・・・・・・お粗末(笑)

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草鞋の緒を締め・・・いえスニーカーの紐を結び直して、もうちょっとだけ足を延ばしてみました。

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いよいよ嵐山にたどり着きました!さすがに渡月橋の上は観光客のみなさまがたくさん行き来されています。
2013年の初秋、台風18号の猛威によって近年にない大浸水に見舞われ甚大な被害となった嵐山ですが
その後、着々と復興が進み、一時期は完全に水没してしまっていた中之島公園もすっかり元の景色を
取り戻していました(写真左)
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対岸上流ではまだ護岸工事が続いているようです(写真右)
しっかりと水害対策を行ったうえで、またあの美しく情緒ある岸辺の散策を楽しめる日が来るといいですね(^^)

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そろそろ日も傾いて冷たい風が吹き始めました。工事をじっと見守る??シラサギもなんだか寒そう。

それでは家路につくとしましょうか。
パン屋さんからちょっと寄り道のつもりが気が付けばおよそ7キロ以上の道程を散策しておりました(^^;
なんだかだんだん放浪癖がついてきたような気がする・・・『裸の大将』になる日もそう遠くないかも?!
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長々続きました『よりみち紀行~嵯峨路を行く』もこれにて無事完結でございます<(_ _)>

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今後についてのお知らせ。。。

長らくご愛顧いただいております拙ブログにつきまして、日日の更新が大変困難な状況が続き
予告なく放置状態に陥ることも少なからずあり、ご来宅の皆さまには大変失礼をいたしております。
このような状況のまま無為に継続することは、せっかくいらしてくださる方にとうてい申し訳がございません。
またわたくし自身とても心苦しく負担に感じてしまうことから、何らかの手立てを講じるべきと判断いたしました。

ただひとつわがままを言わせていただけるのなら、やはりこのブログはわたくしにとって本当に
大切な場所であり、皆さまから繋いでいただいたご縁は如何ようにも断ち難いものでございます。

熟考の上、ひとまずは今後の更新を基本週一回に縮小することにいたしました。
曜日を決め固めてしまうとまたこれも重荷になってしまいそうで、とりあえずは不定期更新となりますが
毎記事の最後に次回更新予定日を書き込みますので、ご来宅の目安としていただければ幸いです。

身勝手ではなはだ恐縮ではございますが、どうぞご理解いただき今後とも末永くご愛顧賜りますことを
切に願っております。<(_ _)>

                                              あすも

次回更新予定日は2月27日(金)です。
およそ5年ぶりとなる家族3人揃っての温泉旅行レポをお送りできればと思います(*^^*)

追伸:日々の徒然などにつきましてはインスタグラムにも随時アップしています。
    ユーザー名 asumo1120 でエントリー中です。

 

よりみち紀行~嵯峨路をゆく その4

こんばんは☆ 昨日はバレンタインデーでしたね💛
みなさま、大切な方々とハートを交わされましたでしょうか(*^^*)
我が家では今年は娘がずいぶんと奮発してくれましてボス夫さんのみならず
わたくしにも孝行チョコをくれたんです(≧▽≦)
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ゴンチャロフのアソート☆☆☆ベーシックな美味しさはさすがです(*^^*)
わざわざ大阪まで出かけて買ってきてくれたみたいで、すごく嬉しかったんですけど
娘が手渡してくれながら

 『お返しは現金でも全然いいよ~♪』

と(笑) いや~~~ん、ホワイトデーがプレッシャーだわ(^^;;;;

ちなみにボス夫さんへのチョコは撮影する間もなく、あっという間に食べられちゃいました(爆)
唯一撮影できたのが、チョコに添えられていたウォッカのミニボトル
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甘いチョコにも合うとても飲みやすいお酒だそうです💛

**************************************

さて、よりみち紀行も4頁めとなりました。今回は釈迦堂から徒歩で10分ほどの所にある
二尊院へとまいります。
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天台宗寺院である二尊院、正式には小倉山二尊教院華台寺は、平安時代の初めごろに
嵯峨天皇の勅を受けた慈覚大師により建立されました。一時衰退していましたが鎌倉時代に再興、
応仁の乱で焼失ののちに三条西実隆によって再建されています。

写真は総門。二尊院の顔ともいうべき古色豊かなこの御門は伏見城の薬医門を移築したものだとか。

『紅葉の馬場』と呼ばれている、総門からまっすぐに続く参道は紅葉の名所としてあまりにも有名!
京都を紹介する記事や番組でもよく取り上げられるほど、紅葉の素晴らしい景色が楽しめるのですが・・・
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ま、真冬はこんな感じです(^^; ちなみに両側からトンネルを作っている木々はすべてもみじ!
どうぞみなさま脳内で真っ赤に変換しながらご覧くださいませ(笑)

紅葉の馬場を抜けいよいよ境内へ。最初にくぐるのは勅使門(唐門)です。
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『小倉山』と書かれた扁額は後柏原天皇のご宸筆。蟇又には左巴紋が彫られていました。

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本堂は現在一部修復中で中を拝見することは残念ながら叶いませんでしたが
簡素な中にもしっとりとした落ち着きある佇まいのお堂です。
勅使門とともに応仁の乱で焼失したものを1521年に三条西実隆が再建しました。
内部にはご本尊として釈迦如来立像阿弥陀如来立像が並び立っていて
この2神体が『二尊院』の謂れとなっています。

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本堂の隣に建てられているのが九頭竜弁財天堂。ちょうど御坊がお勤め中でした。
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しだれ桜の蕾も読経を耳にして少しほころんできたようにも思えますね(*^^*)

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九頭竜弁天堂の前にあるのが扇塚(写真左上)。日本舞踊の山内流始祖・二代、吉村流開祖・二代・三代を
永代供養されているそうです。ちなみにこの扇塚を建立した吉村流四世家元の吉村雄輝氏は
タレントのピーター(池畑慎之介)さんの御実父なんだとか(@0@)

二尊院は大堰川や高瀬川の開削を行い『水運の父』と呼ばれた角倉了以・素庵父子のお墓があることでも有名。
境内にも了以像があります(写真右上)。

小倉餡発祥地の石碑を発見!(写真左下) 日本で初めて小豆と砂糖を使って餡が炊かれたのが
ここ、小倉の地であったそうです。菓子職人『和三郎』によって小豆の栽培と小倉餡の製造が広まり
江戸時代には茶道菓子に用いられるほかハレの日(特別な日)の祝い膳にも加えられるようになりました。

古色豊かな境内に突如現れた前衛的なモダンアート!!作品名『真(しん)』(写真右下)
こちらは平安遷都千二百年祭のプレイベントとして開かれた野外彫刻展の入選作だそうです。
製作者は二紀会会員の橋本清氏。優美な弧を描く円形は時間の流れを現し、ねじれているのは
この世に完全無欠なものはないという事を象徴しているのだとか。

この二尊院には法然上人の御廟があるとのことなので、境内から山手に向かう石段を登りました。
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これが手すさびならぬ足すさびに登るにはなかなか辛い距離でして(^^;;
急勾配の石段を息を切らしながら進んでいくと、吐く息は白いのに背中には汗が滲むほど。
それにしても中学時代の愛宕登山で見るのも嫌だった石段・・・史跡を見るためだったら登れるもんなのね(笑)
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御廟そのものは古びが渋さを感じさせますが、まあ普通でした(笑)←当たり前ww

他にも見どころがいろいろ♪
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鐘楼(写真左上)は別名幸せの鐘といい、元々は1604年に鋳造された梵鐘が平成4年に再造されたものです。
世界平和を祈願し、誰でも自由に撞くことができます(^^)

非常に古びたお社ですが八社ノ宮(写真右)は室町時代に建てられたものだとか。市の有形文化財指定。

あまりお墓を撮影するのは良くないんですが・・・
俳優の坂東妻三郎田村高廣両氏が眠っておられる累代墓(写真左下)。とても好きな俳優さんだったので
手を合わせてから正面を避けてカメラに収めさせていただきました(-人-)

寺内をぐるり回って境内に戻ってくると、甘酒と節分の豆をいただきました(写真右下)
冷えて疲れた身体に温かさと甘みがじんと沁みて、そのお心遣いとともにとても嬉しかったです(≧▽≦)

紅葉の季節には大変な人出で賑わう二尊院も、冬の拝観では古刹らしい深閑とした表情を感じられます。
今度はちゃんとスニーカーを着用して、山上にある時雨亭跡(百人一首ゆかりの藤原定家た営んだとされる)
ぜひ見に行ってみたいと思います!足腰ももうちょっと鍛えとかなきゃ(笑)

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次回、なおも嵯峨路を歩いて落柿舎(らくししゃ)へと参ります(^^)
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