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香川旅行記 1日め

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こんばんは(^^)

先週末に家族そろって温泉旅行へ行ってまいりました♪
去年の秋に娘から金沢旅行をプレゼントしてもらいましたが
家族そろって泊まりで旅行って、実に5年ぶり!

今回の行先は以前から行ってみたかった香川県です(*^^*)
少し前に娘が大学の友人たちと出かけてとても良かったんだとか。
ガイドブック片手にいろいろ検討した結果、

うどん・骨付鶏・温泉・日本庭園・お城

をメインに、行きは瀬戸大橋を帰りは淡路島経由で明石大橋を渡るルートに決定しました!
さてさてどんな旅行になるのでしょうか(≧▽≦)

まずは高速道路を使ってひた走ること約3時間。
お天気も上々で真っ青な空の下を走るのはとっても気持ちの良いものです。
大きな渋滞に巻き込まれることもなく、のんびり休憩を入れながら名神から山陽自動車道に入ると
いよいよ瀬戸大橋が見えてまいりました!
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瀬戸大橋は、瀬戸内海をまたいで本州(岡山県倉敷市)と四国(香川県坂出市)を結ぶ
10基からなる連絡橋の総称です。橋梁上部は二階建てで上部に4車線の瀬戸中央自動車道が
下部にJR本四備讃線が通る鉄道道路併用橋となっています。1988年4月10日の開通以来、
本州と四国を結ぶ主要幹線として、また与島を中心とする観光名所として多くの人々に利用されています。

真っ青な空とキラキラ光る海、まっすぐ伸びる道から次々と迫る大迫力の橋柱・・・
本当に素晴らしい眺めです☆ そしてこれが人の手によって造り上げられたものだということに
改めて驚きと感動を覚えました。ホント、日本の建築技術ってスゴイんですね~(@0@)

当たり前なんですが橋上を走っている限り瀬戸大橋の全景を見ることはできません(笑)
そこで橋の途中にある与島に立ち寄りました。こちらの展望台から瀬戸大橋を一望することができるんです♪
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橋梁全長9368m最高塔頂点194m最大桁下高(海面からの高さ)65m、吊り橋・斜張橋・トラス橋の
3種類を併設し、その姿はなんと人工衛星写真でも確認することができるという大スケール!
画像は6基の中でも2番目に長大で与島と三つ子島に架かる北備讃瀬戸大橋というトラス吊橋です。

この瀬戸大橋に来たら一度はやってみたいですよね~(^皿^)♪
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・・・つまんでみるww お約束ですね~(笑)

与島を後にするといよいよ四国上陸です!
まずは腹ごしらえから、ということでボス夫さんご希望の香川名物『骨付鶏』をいただきました♪
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とにかくよく分からないので一番有名っぽいチェーン店に入ってみます(笑)
骨付鶏一鶴さん。骨付鶏というのは、鶏のモモ肉丸一本に塩コショウベースのスパイスをたっぷりとまぶして味付けし
じっくりとローストしたものだそうで、メニューには歯応えのあるおやどりと柔らかくてジューシーなひなどりの2種類。
香川県丸亀市が発祥の地といわれ、讃岐うどんに次ぐご当地グルメとして注目を浴びているんだとか。

香ばしく焼かれた骨付鶏はとにかくボリューミー!名前は『おやどり』『ひなどり』となってますが、大きさに違いはなく
どちらも1本でお腹いっぱいになりますwwわたくしはしっかりとした歯応えの『おやどり』をいただいたのですが
これが看板に偽りなし!あごが痛くなるくらいしっかりとした噛み心地(笑)
ランチなので自家製のおにぎりと一緒にいただいたのですが、刺激的なスパイスの香りとパリっと香ばしい皮、
ジューシーな肉汁がたっぷりでこれは迷わずビールやろ~!って感じでした。

お天気の良いうちにぜひとも言っておきたかったのが高松市を代表する名園です。
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特別名勝栗林公園です。
国が指定する特別名勝の中でも最も広大な庭園でその面積は75万㎡!
紫雲山を借景として6つの池と13の築山を巧みに配し、近代的に整備された準洋式の北庭園と
純和風回遊式の南庭園から成る大名庭園です。
16世紀後半の豪族佐藤氏の別荘として築庭され、讃岐国主である生駒氏に引き継がれたのちに
高松藩主12万石として領主となった水戸徳川家の連枝松平家の下屋敷(別邸)として使われたといいます。

2009年のミシュラン観光ガイドに「わざわざ訪れる価値のある場所」として最高評価3つ星に選定され
米国の庭園専門誌ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニングの「2011年日本庭園ランキング」で
足立美術館(島根県)、桂離宮(京都府)に続く3位を獲得したほどの名園なのだとか。

入場してまず気になったのが、名庭園には少々不釣り合いな感じのするこちら。
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この一見、防空壕のような施設は鴨引き堀といいます。江戸時代、栗林公園の北庭は群鴨池を中心として
藩主が鴨猟をするための猟場として使われていました。明治末期からの大改修の際に鴨場の施設はほとんど
なくなってしまいましたが平成5年にこちらの鴨引き堀と小覗が復元されました。
猟の際にはこの小覗から堀に舞い降りる鴨の様子を伺うのだそうです。確かに賑々しい殿さま御一行が大挙すれば
あっという間に獲物に逃げられちゃいますものねwww

鴨引き堀を過ぎると一面に広がるのが見事な梅園です。青空の下にちょうど見頃を迎えた素晴らしい梅の木が
我を競うように咲き誇るさまはなんとも素晴らしいものでした(≧▽≦)
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栗林公園は『水の庭園』ともいえるほど満々と清水を湛えた池が点在しています。
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群鴨池(写真左上)はさきほどの鴨引き堀と繋がる園内最大の池。眺めているだけで殿さま気分を味わえそう♪
潺湲(さんかん)(写真右上)は園内の六大水局の一つで紫雲山麓の清水が潺湲(さらさらと水が流れる)さまを
意味して名づけられたそうです。その名の通り、美しい水が緩やかに流れていました。
園の西側、紫雲山の山肌を背景に取り入れた西湖(写真左下)は素朴で野趣あふれる印象の雄大な池です。
大きな鯉があちこちに群れながら悠々と泳いでいました。
西湖の対岸に荒々しく削られた岩盤がそびえています。これは石壁(赤壁)(写真右下)と呼ばれおり
中国の詩人蘇軾(そしょく)が詠んだ『赤壁賦』にある揚子江の景勝地『赤壁』に見立てて命名されたのだとか。

西湖のほとりにこじんまりとした庵が設えられていました。
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旧日暮亭は、元々南庭の東南隅にあった『考槃亭(こうはんてい)』と呼ばれる茶室を1750年ごろに移築し
名を『日暮亭』と改められたのですが明治初期に園外へ払下げられたといいます。有志の努力により昭和20年に
再び園内に戻されました。すでに元あった場所に二代目日暮亭が建てられていたため、こちらは『旧日暮亭』と
呼ばれているのだとか。

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前庭の池がとても特徴的です。これは降蹲踞(おりつくばい)といって、地形のやや低くなったところに
つくばいを置き、階段を降りて手水を使う形式のことをいいます。水底を丸く区切ったあしらいの向こう、
やや苔むした丸い石が手燭石、その隣にある真ん中が窪んでいる石を手水鉢として使います。

とても小ぶりで奥ゆかしい茶室ですが、その佇まいにはさすがの気品が漂います。
丁寧に手入れされている庭の設えや無駄な装飾を一切排した質実な内部がとても魅力的な茶室でした。
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旧日暮亭の裏側から見る石壁には桶樋滝(おけどいのたき)が見られます。
藩主がここを通る時に、山の中腹に置いた桶に人力で汲み上げておいた水を流したといういわば人工の滝ですね。
現在はポンプを使って西湖の水を汲み上げているんだそうです。

なおも奥に向かって歩き続けると広大な池が現れます。
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その広さは約7900㎡という南湖はその設計に最も力を注がれたところであり、見事に計算され尽した
そのデザインは非常に芸術性の高いものがあります。
奥に見えるのが掬月亭(きくげってい)。歴代の藩主が使用した茶室であり玄関を持たず
どこからでも出入りできるよう様々な場所に沓脱石が置かれた数寄屋造りの建物です。
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唐代の詩の一篇『水を掬すれば月手にあり』から命名されたという掬月亭は園の中心的な建物で
中に入り抹茶とお菓子や昼食を楽しむこともできるそうです(有料)

掬月亭から南湖をぐるりと周遊するように遊歩道が設けられています。楓岸(ふうがん)と呼ばれるこの辺りは
タカオモミジが多く植樹されており秋には綾錦の紅葉が湖面に映って素晴らしい景観を演出するそうです。
今の季節は枯淡の味わいがあり、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような心持ちに・・・(*^^*)
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この楓岸から見るアングルが南湖と掬月亭を最も美しく見せるのではないでしょうか。
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紫雲山を背に翡翠色の湖面に映る掬月亭の美しさは一幅の絵のよう。
被写体が完成されていると素人カメラでも簡単に絶景ショットを手にできますよ~(笑)

南湖の奥に架かっている半円のアーチが美しい木橋が偃月橋です。
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弓張り月(半月)が湖面に影を映す姿から名づけられた橋ですがその均整の取れた反りを眺めていると
この橋こそが弓張り月そのもののようにも見えてきます。

南庭で最も高い位置にあるのが飛来峰(ひらいほう)。富士山に似せて造ったとされる築山で
ここから南湖を見下ろすと紫雲山から掬月亭、偃月橋を一望することができます。
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池と建物と橋、築山が見事な配置で造形されているのがお分かりいただけますでしょうか。
さて、ここで偃月橋のすぐ奥にある築山にご注目!つつじの植え込みが幾重にも重なる美しい中島ですが
この植え込みの一つがある形に見えませんか?
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ふっくらとしたとってもキュートなハート型になってるんです(≧▽≦)
その名も恋つつじ💛五月になればこのハートが文字通り恋の色に染まるのだとか。
長年の刈り込みの過程で偶然、この形になったそうですが、なんとも粋な自然の計らいですね~

栗林公園にはまだまだ見どころがいっぱいです☆
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左上:散策中、目に留まった石塔。さりげなく置かれているところが個人的にいいなぁ💛と思いましたww
右上:南湖湖畔にある休み処で売られていた炙り餅。甘だれに絡めると香ばしいみたらし団子っぽいお味に♪
左中:吹上と呼ばれる湧水群で園内の水源地であり、園内の池の水はすべてここでまかなっています。
    およそ400年間、一度も水が枯れたことがないのだとか。透き通った水を通して美しい水苔を見られます。
右中:鶏林石(けいりんいし)。江戸時代、大名が築庭する際に各藩の藩主が互いに名木や奇石を送る風習があり
    この石は薩摩藩主島津公から送られた朝鮮産の珍石だそうです。
左下:南湖に次ぐ大きさを誇る北湖は松の美しさが印象的です。
右下:それにしても広大な敷地です。まるでグランドようにひらけたこの地は檜御殿跡。現在はこの広さを利用して
    庭園コンサートなどさまざまなイベントが行われているのだとか。

北湖で出会ったとってもキュートなご家族💛
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なかなかの大家族・・・もしかしてビッグダディ?(笑)

歩いても歩いても観尽せない栗林公園。後ろ髪を引かれつつそろそろ車へと戻りましょう。
それにしてもさすがは特別名勝、ミシュラン三ツ星、日本の名園ベスト3!肩書きに偽りのない素晴らしさでした。

続いてはお土産を買いに高松港駅へと向かいます。
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高松市の新しいオシャレスポット☆北浜alleyは昭和初期に建てられた古い倉庫街をリノベーションして
レトロにして新感覚の流行発信地として注目されています。レストランや雑貨店、ギャラリーからヘアサロンまで
たくさんの若者たちでどのお店も熱く賑わっていました(^^)
キッチュな雑貨屋さんは娘のお気に入り♪

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笑顔がまぶしい高松駅💛 『SHIKOKU SMILE STATION』スマイルでお出迎えということでしょうか(^^)
この無邪気な微笑みには確かに癒されますね~(≧▽≦)

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高松シンボルタワーは高さ151.3m、30階建てで四国で最高層の複合施設ビルです。
多数の企業のオフィスが置かれ四国地方の経済拠点となっているタワー棟と商業施設中心のホール棟を有し
ホール棟の1階には四国地方のアンテナショップがあります。
ここでお土産や旅館で食べるおやつなどを買い込みました(^^)
ちなみに娘はサークルの友人(男子)に日本酒を買ってました!うーん、オトナになったのね~(笑)

ようやく宿泊する旅館へ向かうとしましょう。今回お世話になるのは、もう一度瀬戸大橋のたもとに戻って
坂出という温泉地の山手を上ったところにあるかんぽの宿坂出さんです。
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施設はやや年季が入っていますが、どこも綺麗に磨き上げられていてピカピカ☆
部屋付きの仲居さんなどはいらっしゃらず部屋への案内もフロントでお聞きするだけでしたが
家族水入らずの旅行ならかえって気軽なものです(^m^)

夕食は定番の和食コースです。もちろん名物のうどんもちゃんとついてました♪♪
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シンプルで凝ったところはありませんがひとつひとつ丁寧に作られているのがよく分かるお夕食でした。
天ぷらも揚げたてのサクサクほかほか💛量もパンフレットには『やや少なめ』と記されていましたが我が家には十分!
自家製のちりめんじゃこ入りご飯はお代わり自由です(^^)

温泉はさすがにカメラを持ち込めませんね(笑)大浴場は洗い場も広く、大きな窓から瀬戸大橋も見えます!
お湯はとてもキレイで浴槽も清潔そのもの。露天風呂も見晴らしがよくって大満足でした(≧▽≦)
娘とふたりでゆっくりとお湯に浸かりながら他愛もない話で笑いあったり、とても素敵な時間を過ごせたのが
一番あったかかったなぁ~💛💛💛                                
                                                              (続く♪)
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旅の2日目は来週3月6日(金)にアップいたします(*^^*)
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よりみち紀行~嵯峨路をゆく その5

こんばんは~☆
はっと気が付けばすぐに3,4日経ってしまってる今日この頃。
せっかく足繁く通ってくださっている皆さまには、無沙汰の体たらくに言い訳のしようもなく
大変申し訳ございません<(_ _)>

まずは延々続いておりますよりみち紀行嵯峨路レポを完結させていただこうと思います(^^)

さて、京都の竹林といえば嵐山のそれが有名ですが(よくガイドブックなどにも載ってますネ☆)
実は嵯峨一帯はごくごく普通の住宅街の一画に馴染んでいたりします。
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あまりに馴染みすぎてそこが竹林であることにも気が付かないほど(笑)
この日は周囲がとても静かで風が吹くたびに竹の葉の擦れ合う音で、やっと存在に気付きました。
人ひとり出会うことなく住宅街を抜け、のどかな田圃道をしばらく行くと、まるで『まんが日本昔ばなし』
出てきそうな庵が見えてまいります。
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落柿舎(らくししゃ)は、向井去来の別荘として使用されていた草庵です。向井去来は元禄時代の俳人で
師である松尾芭蕉より「洛陽に去来ありて鎮西に俳諧奉行なり」と称えられたほどの高弟でした。
去来が落柿舎を営んだのは1687年以前とされ、1691年の4月から1ヶ月間は松尾芭蕉も滞在し
『嵯峨日記』を著したのだとか。現在の建物は1770年に俳人井上重厚によって再建されたものです。

玄関に掛けられている蓑と笠にご注目!
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これは庵主の在庵あるいは不在を示すもので、ここに蓑笠がかけてあったら在庵、なければ外出中
という印なんです。現在はもちろん庵主である去来はすでにこの世を去って久しいわけですが
落柿舎のシンボルとして常に『在庵』となっているんですね~(*^^*)

こんもりとした茅葺の屋根が印象的ですが、こちらは昨年およそ10ヶ月の工期を経て修復工事がなされました。
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去来が書いた『落柿舎記』によると、
 庭に柿の木が40本あり、都からきた商人が銭一貫文を出して、柿の実を買う約束をして帰ります。
 その夜、去来が寝ていると「ころころと屋根はしる音、ひしひしと庭につぶるる声、よすがら落ちもやまず」
 つまり一晩で柿の実がほとんど落ち尽してしまったのです。慌てて駆け付けた商人は
 『私は小さい時から白髪の生えたこの年になるまで柿の実を商売に扱ってきたが、これほど実が落ちる
  柿の木を見たことはない。申し訳ないが昨日支払ったお金を返してはくれまいか』
 と詫びて頼んだので、去来は柿の代金を全て返してやりました。

以来、この庵を『落柿舎』と呼ぶようになったのだそうです。
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しっとりとした佇まいとどこか懐かしい素朴なしつらえを眺めていると、心がほっこりと落ち着いて
なんとも穏やかな気持ちになれます(*´∇`*)
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リアルな生活感があって、今にも奥から去来や芭蕉がひょっこりと顔を出しそうwww

庭のあちこちには句碑が建てられています。こちらは師である松尾芭蕉が『嵯峨日記』の最尾に記した句。
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『五月雨や 色紙へぎたる 壁の跡』

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野山にあるような野趣と丹精込めて調えられた繊細さが同居している庭は、どこを切り撮っても絵になるので
素人カメラにはとてもありがたいです(笑) 
庭内には『投句箱』が設けられており、全国から投げ入れられた多くの俳句の中から、10月に執り行われる
去来祭の祭式にて『落柿舎投句大賞』が選ばれるのだとか。

我こそはと思われる諸兄はぜひチャレンジなさってみてはいかがでしょうか☆

奥庭で見つけた藤棚に伸びる藤の木が面白いように捻じれていました。
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 『とぐろ巻き 天まで伸びる 藤木かな』・・・・・・・・・・・お粗末(笑)

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草鞋の緒を締め・・・いえスニーカーの紐を結び直して、もうちょっとだけ足を延ばしてみました。

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いよいよ嵐山にたどり着きました!さすがに渡月橋の上は観光客のみなさまがたくさん行き来されています。
2013年の初秋、台風18号の猛威によって近年にない大浸水に見舞われ甚大な被害となった嵐山ですが
その後、着々と復興が進み、一時期は完全に水没してしまっていた中之島公園もすっかり元の景色を
取り戻していました(写真左)
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対岸上流ではまだ護岸工事が続いているようです(写真右)
しっかりと水害対策を行ったうえで、またあの美しく情緒ある岸辺の散策を楽しめる日が来るといいですね(^^)

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そろそろ日も傾いて冷たい風が吹き始めました。工事をじっと見守る??シラサギもなんだか寒そう。

それでは家路につくとしましょうか。
パン屋さんからちょっと寄り道のつもりが気が付けばおよそ7キロ以上の道程を散策しておりました(^^;
なんだかだんだん放浪癖がついてきたような気がする・・・『裸の大将』になる日もそう遠くないかも?!
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長々続きました『よりみち紀行~嵯峨路を行く』もこれにて無事完結でございます<(_ _)>

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今後についてのお知らせ。。。

長らくご愛顧いただいております拙ブログにつきまして、日日の更新が大変困難な状況が続き
予告なく放置状態に陥ることも少なからずあり、ご来宅の皆さまには大変失礼をいたしております。
このような状況のまま無為に継続することは、せっかくいらしてくださる方にとうてい申し訳がございません。
またわたくし自身とても心苦しく負担に感じてしまうことから、何らかの手立てを講じるべきと判断いたしました。

ただひとつわがままを言わせていただけるのなら、やはりこのブログはわたくしにとって本当に
大切な場所であり、皆さまから繋いでいただいたご縁は如何ようにも断ち難いものでございます。

熟考の上、ひとまずは今後の更新を基本週一回に縮小することにいたしました。
曜日を決め固めてしまうとまたこれも重荷になってしまいそうで、とりあえずは不定期更新となりますが
毎記事の最後に次回更新予定日を書き込みますので、ご来宅の目安としていただければ幸いです。

身勝手ではなはだ恐縮ではございますが、どうぞご理解いただき今後とも末永くご愛顧賜りますことを
切に願っております。<(_ _)>

                                              あすも

次回更新予定日は2月27日(金)です。
およそ5年ぶりとなる家族3人揃っての温泉旅行レポをお送りできればと思います(*^^*)

追伸:日々の徒然などにつきましてはインスタグラムにも随時アップしています。
    ユーザー名 asumo1120 でエントリー中です。

 

よりみち紀行~嵯峨路をゆく その4

こんばんは☆ 昨日はバレンタインデーでしたね💛
みなさま、大切な方々とハートを交わされましたでしょうか(*^^*)
我が家では今年は娘がずいぶんと奮発してくれましてボス夫さんのみならず
わたくしにも孝行チョコをくれたんです(≧▽≦)
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ゴンチャロフのアソート☆☆☆ベーシックな美味しさはさすがです(*^^*)
わざわざ大阪まで出かけて買ってきてくれたみたいで、すごく嬉しかったんですけど
娘が手渡してくれながら

 『お返しは現金でも全然いいよ~♪』

と(笑) いや~~~ん、ホワイトデーがプレッシャーだわ(^^;;;;

ちなみにボス夫さんへのチョコは撮影する間もなく、あっという間に食べられちゃいました(爆)
唯一撮影できたのが、チョコに添えられていたウォッカのミニボトル
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甘いチョコにも合うとても飲みやすいお酒だそうです💛

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さて、よりみち紀行も4頁めとなりました。今回は釈迦堂から徒歩で10分ほどの所にある
二尊院へとまいります。
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天台宗寺院である二尊院、正式には小倉山二尊教院華台寺は、平安時代の初めごろに
嵯峨天皇の勅を受けた慈覚大師により建立されました。一時衰退していましたが鎌倉時代に再興、
応仁の乱で焼失ののちに三条西実隆によって再建されています。

写真は総門。二尊院の顔ともいうべき古色豊かなこの御門は伏見城の薬医門を移築したものだとか。

『紅葉の馬場』と呼ばれている、総門からまっすぐに続く参道は紅葉の名所としてあまりにも有名!
京都を紹介する記事や番組でもよく取り上げられるほど、紅葉の素晴らしい景色が楽しめるのですが・・・
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ま、真冬はこんな感じです(^^; ちなみに両側からトンネルを作っている木々はすべてもみじ!
どうぞみなさま脳内で真っ赤に変換しながらご覧くださいませ(笑)

紅葉の馬場を抜けいよいよ境内へ。最初にくぐるのは勅使門(唐門)です。
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『小倉山』と書かれた扁額は後柏原天皇のご宸筆。蟇又には左巴紋が彫られていました。

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本堂は現在一部修復中で中を拝見することは残念ながら叶いませんでしたが
簡素な中にもしっとりとした落ち着きある佇まいのお堂です。
勅使門とともに応仁の乱で焼失したものを1521年に三条西実隆が再建しました。
内部にはご本尊として釈迦如来立像阿弥陀如来立像が並び立っていて
この2神体が『二尊院』の謂れとなっています。

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本堂の隣に建てられているのが九頭竜弁財天堂。ちょうど御坊がお勤め中でした。
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しだれ桜の蕾も読経を耳にして少しほころんできたようにも思えますね(*^^*)

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九頭竜弁天堂の前にあるのが扇塚(写真左上)。日本舞踊の山内流始祖・二代、吉村流開祖・二代・三代を
永代供養されているそうです。ちなみにこの扇塚を建立した吉村流四世家元の吉村雄輝氏は
タレントのピーター(池畑慎之介)さんの御実父なんだとか(@0@)

二尊院は大堰川や高瀬川の開削を行い『水運の父』と呼ばれた角倉了以・素庵父子のお墓があることでも有名。
境内にも了以像があります(写真右上)。

小倉餡発祥地の石碑を発見!(写真左下) 日本で初めて小豆と砂糖を使って餡が炊かれたのが
ここ、小倉の地であったそうです。菓子職人『和三郎』によって小豆の栽培と小倉餡の製造が広まり
江戸時代には茶道菓子に用いられるほかハレの日(特別な日)の祝い膳にも加えられるようになりました。

古色豊かな境内に突如現れた前衛的なモダンアート!!作品名『真(しん)』(写真右下)
こちらは平安遷都千二百年祭のプレイベントとして開かれた野外彫刻展の入選作だそうです。
製作者は二紀会会員の橋本清氏。優美な弧を描く円形は時間の流れを現し、ねじれているのは
この世に完全無欠なものはないという事を象徴しているのだとか。

この二尊院には法然上人の御廟があるとのことなので、境内から山手に向かう石段を登りました。
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これが手すさびならぬ足すさびに登るにはなかなか辛い距離でして(^^;;
急勾配の石段を息を切らしながら進んでいくと、吐く息は白いのに背中には汗が滲むほど。
それにしても中学時代の愛宕登山で見るのも嫌だった石段・・・史跡を見るためだったら登れるもんなのね(笑)
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御廟そのものは古びが渋さを感じさせますが、まあ普通でした(笑)←当たり前ww

他にも見どころがいろいろ♪
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鐘楼(写真左上)は別名幸せの鐘といい、元々は1604年に鋳造された梵鐘が平成4年に再造されたものです。
世界平和を祈願し、誰でも自由に撞くことができます(^^)

非常に古びたお社ですが八社ノ宮(写真右)は室町時代に建てられたものだとか。市の有形文化財指定。

あまりお墓を撮影するのは良くないんですが・・・
俳優の坂東妻三郎田村高廣両氏が眠っておられる累代墓(写真左下)。とても好きな俳優さんだったので
手を合わせてから正面を避けてカメラに収めさせていただきました(-人-)

寺内をぐるり回って境内に戻ってくると、甘酒と節分の豆をいただきました(写真右下)
冷えて疲れた身体に温かさと甘みがじんと沁みて、そのお心遣いとともにとても嬉しかったです(≧▽≦)

紅葉の季節には大変な人出で賑わう二尊院も、冬の拝観では古刹らしい深閑とした表情を感じられます。
今度はちゃんとスニーカーを着用して、山上にある時雨亭跡(百人一首ゆかりの藤原定家た営んだとされる)
ぜひ見に行ってみたいと思います!足腰ももうちょっと鍛えとかなきゃ(笑)

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次回、なおも嵯峨路を歩いて落柿舎(らくししゃ)へと参ります(^^)

よりみち紀行~嵯峨路をゆく その3&きょうの晩ごはん

こんばんは☆
のんびりマイペースにもほどがあるって感じで続いておりますよりみち紀行。
第3回の今日は、思い出の寺(笑)清凉寺=嵯峨釈迦堂の塔頭を見て回りたいと思います♪
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まずは境内の東側、駐車場からすぐの所にあるのが一切経蔵です。
江戸時代中期に建立されたといわれるこちらの建物には『輪蔵』と呼ばれる法輪が置かれています。
これは唐紙製の明板本5408巻に収められている一切経・法典が、いわば回転式の書架状の法輪に
収納されていて、これを一度ぐるりと回すと経典を全て読んだのと同じ功徳がいただけるのだそうです。
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試してみたかったんですけどこれが有料(笑)
駐車場代が思ったよりも高かったので、今回は外から拝ませていただきました(^人^;;
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堂の正面には輪蔵の起源とされる中国南朝梁の傅大士(ふだいし)父子像が安置されています。

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一切経蔵のすぐ横に弥勒多宝石仏が安置されています(左下)素朴ななかにも敬虔さが感じられますね。
鎌倉時代前期、空也上人の手によって彫られたとも伝えられています。
木立の中にひっそりとたたずむお堂は愛宕権現社(右下)。祠殿は江戸時代に建立されたものだとか。

通例の場合、阿弥陀堂に置かれるご本尊は東を向いてらっしゃるのですが、ここ清凉寺の阿弥陀さまは
西を向いて安置されていらっしゃいます。
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まだ蕾固い梅の木に飾られたとても女性的な阿弥陀堂です。

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西向きの阿弥陀像は『源融のうつし顔』といわれています。
嵯峨天皇の皇子であった左大臣源融はここ清凉寺の前身にあたる棲霞観(ぜいかかん)を山荘として建立、
写経や造仏に着手したものの志半ばにして他界されました。その後、融の子供たちの手によって
棲霞寺として完成を迎え、のちにその一郭に発足した釈迦堂が現在の清凉寺となったそうです。

源融といえば『源氏物語』の主人公光源氏のモデルともいわれていることで有名です。
阿弥陀さまも、物語の中の『光る君』の名にたがわぬ清廉でたおやかなご尊顔でいらっしゃいました(*^^*)

木鼻は大胆かつ緻細な彫りが印象的な獏。やや欠けも見られますが目に力のある良いお顔をされています。

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周囲は庭が美しく調えられていて、まっすぐに伸びる石畳を進むと霊宝館や庫裏へと繋がっています。
しんとした庭園をのんびり散策しておりますと、植え込みの陰になにやら小さく動くものが・・・

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円らな瞳が可愛らしい野鳥のようです。まるでカンガルーのようにぴょんぴょん跳ねるのが面白~いww
よくよく観察していると、どうやらお食事中のようなのですが
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んん?何を食べてるの??
まるでプラスチックのような真っ青な玉ですがこれって食べても大丈夫なのかしらん(^^;
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インスタグラムにアップしてみたところ、この鳥はシロハラ、鮮やかな青い実はジャノヒゲというのだそうです。
雀と鳩以外の野鳥を近くで見たのって初めてな気がするwwwちょっと得した気分になる出逢いでした💛

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続いては多宝塔を拝見いたしましょう。
下層3間本瓦葺、尾垂木を竜頭とする江戸風の建物であるこちらは、1700年に江戸護国寺において
釈迦如来像出開帳の際の寄進を受けて江戸で造られたものだそうです。廻船で部材を運び、清凉寺境内に
再建されたのだとか。

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豊臣秀頼の首塚(左上):豊臣秀吉の三男であった秀頼は関ヶ原の戦い、大阪冬の陣、夏の陣を経て
大阪城落城の際に母であった淀君とともに自害しました。享年わずか23歳(満21才)のことだったといいます。
昭和55年、大坂城三ノ丸跡の発掘調査で人為的に埋葬された20代男性の頭蓋骨が発見され、
介錯とみられる傷や、左耳に障害があった可能性が確認されたことから秀頼の骨ではないかとして
所縁深い清凉寺に埋葬されました。

狂言堂(右上):毎年4月10日に嵯峨大念仏狂言が行われます。京都の三大念仏狂言のひとつで
重要無形文化財にも指定されている嵯峨大念仏狂言は、24の演目から成り『釈迦如来』という独自の演目も。
世阿弥の謡曲『百萬』に、この嵯峨大念仏が描かれています。

鐘楼(左下):鐘楼は江戸時代の創建、梵鐘はさらに遡ること南北朝時代に鋳造されたものだそうです。
寄進者である足利義政や日野富子など700人以上の銘があるのだとか。

薬師堂(右下):平安時代に嵯峨天皇勅命により空海が建立したと伝えられています。
元は龍幡山薬師寺というお寺で当初は真言宗、のちに浄土宗へと改宗しました。
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日月門なる扁額がかかった玄関をくぐると、モダンな印象の前庭が設えられています。
こちらのお庭には三地蔵がお祀りされていました。
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薬師堂は小野篁の『生の六道』でもあるといいます。
平安時代前期の公卿で参議であった小野篁には数々の伝説が残されており、その中でも有名なのが
夜ごと井戸を通って地獄に降り閻魔大王のもとで裁判の補佐をしていたというもの。その際に、地獄へと向かう
『死の六道』が東山にある六道珍皇寺、地獄から現世へと戻る時に使われた『生の六道』とされたのが
嵯峨の福生寺でしたが明治時代に廃寺となったことから清凉寺の阿弥陀堂に合併されたのだそうです。
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いやあ~それにしてもこんなに見どころいっぱいの素晴らしいお寺だったとは!
今までずっと誤解してたよゴメン嵯峨釈迦堂(*^人^*)
無事に中学時代のトラウマ(?)も克服いたしましたところで、今晩はお開きとさせていただきます。
よりみち紀行、まだまだ続きますよ~(マジでか!)
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 (嵯峨路:のどかな田圃道を人力車が行き交う)


↓きょうの晩ごはん☆

大物キターっ!!

こんばんは☆

前回、すっかり真冬の磯釣りにハマってしまったボス夫さんが再び出陣いたしました!
今回も三重県は錦という港から渡船に乗せていただいて釣り場へ。。。
いちおう朝6時集合とのことで本来なら明け方3時くらいに出発する予定だったんですが
『気が逸って寝られへん』と、2時間も前に起きてきて早々に出かけていきました。

・・・遠足前の小学生か(笑)

そんな熱意の甲斐あってか、お天気も上々☆波も穏やかで絶好の釣り日和だったみたいです。
気になる釣果はこちら!
      
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いまいち大きさが伝わらないのが残念なあすもの撮影技術なんですけど

寒グレ(下)=35センチ ブダイ(上)=40センチ超

と、海釣りを始めてから最大ヒット☆☆☆
この大きさをなんとかお伝えできないものかと、こんなものも撮ってみました(^^)
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ブダイの鱗です!指の腹が隠れて余りあるほどの大きさがお分かりいただけますでしょうか。
うろこ取りの歯が入らないくらいしっかりした厚みがありました(驚)

ボス夫さんが帰宅した時に、間が悪く今まさに晩ごはんをいただこうとしていたところだったんですが
食事も忘れて2尾と格闘すること1時間・・・
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こんな感じになったところで、塩をして一日冷蔵庫で冷乾燥させます。
調べてみたところ、ブダイはちり鍋にすると美味しいんだとか💛 ちゃんとダシ取り用のアラも残しておきましょう!
グレはボス夫さんのリクエストで唐揚げにする予定♪

明日は海の恵み三昧になりそうです(≧▽≦)💛💛💛

食べそびれて冷めてしまったきょうの晩ごはん(^^;DSCN5451.jpg
肉じゃが
白菜の海苔佃煮和え
菜の花のお浸し
黒豆
さつまいもと玉ねぎのおみそ汁

なんかイモイモした献立(笑) 肉じゃがはうっかりしらたきを入れ忘れてしまいましたが
しっかりと味が染みてなかなか美味でした♪
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可愛いにゃんこはんたちとほっこり幸せになるおうちごはんを素敵に綴っていらっしゃる
春夏秋冬 京のくらし byあっさむさんに教えていただいた季節先取りの常備菜を使って
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菜の花のお浸しです💛💛💛
カンタン塩漬けにした菜の花を食べやすい大きさにカットして、白だしで和えてあります。
ほんのりとした苦みが春の勢いを感じさせる一品になりました♪

同じ塩漬けを使って、昨日はチャーハンを作ったのだ~☆
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翌朝(というか夜中)出発に備えて9時就寝のボス夫さんと晩7時すぎからバイトがある娘が
ぱぱっと食べられる晩ごはんということでチャーハンワンディッシュだったんですけど
菜の花のおかげでベーコンのピンクと菜の花のグリーンが食卓の寂しさをフォローしてくれましたよ(笑)
ちなみに、ウチの娘は菜の花が苦手なんですけど、この塩漬け入りチャーハンはモリモリ完食でした!

旬を感じる『菜の花漬け』が気になる方はコチラをどうぞ💛💛💛

あっさむさん、いっつもありがとう!昨日も今日も美味しかったヮ~(≧▽≦)

よりみち紀行~嵯峨路をゆく その2

先ほどは愚痴めいた記事で失礼いたしました<(_ _)>
本日二投目は、よりみち紀行の続きをお送りいたします☆

さて、広沢池を後にして田圃の間をゆるやかに伸びている一本道を西へ西へと向かいますと
旧嵯峨御所大本山大覚寺門跡が見えてまいります。
平安時代初期、嵯峨天皇が檀林皇后とのご成婚の際に新室として嵯峨の地に離宮を建てられたのが
始まりといわれています。876年に皇孫の恒寂入道親王を開山として真言宗大覚寺派の本山となりました。
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1200年有余の歴史をもち、代々の天皇皇統が門跡を務めた格式高い門跡であり、
いけばな発祥の地として『いけばな嵯峨御流』の総司所(家元のこと)でもあり、時代劇をはじめとする
さまざまなドラマや映画のロケ地としても有名な見どころ満載!!

その魅力を余すところなくカメラに収めるには甚だ時間も準備も足りません。残念ながら今回は
するっと素通りさせていただきまして、次の機会にぜひじーーーーっくりと拝観させていただきましょうww
皆さまには過去に撮影した画像をご覧いただいております(*^^*)
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さて、大覚寺の前を過ぎてなおも西へと進みますと、どん詰まりにあるのが清凉寺でございます。
地元では清凉寺というよりも嵯峨釈迦堂の名の方が通りのいいこちらのお寺、じつはわたくしにとっては
あまり良い印象がなかったんです(^^; その理由は裏あすもさんに語っていただきましょうww

通っていた中学校で毎冬に『愛宕登山競争』っつう行事がありまして。
ま、早い話が標高924mの愛宕山に走って登る、という運動音痴泣かせのイベントなんですけど
この集合場所が清凉寺すなわち嵯峨釈迦堂やったんですね。市街地に背中を向けた西のどん詰まりなんで
朝8時集合とか言われても間に合うバスとかないんですよ。しゃーないから早朝の寒空の下30分かけて徒歩!
こっちゃぁただでさえ少ない体力、ちょっとでも温存したいっちゅうねん!!

この時点ですでに嵯峨釈迦堂に対する印象がかなり悪うなってるわけなんですけど、それに輪をかけるのが
愛宕登山競争のスタート地点が登山口ではなく、およそ3キロ離れたここ釈迦堂っていう事実。
だーかーらーこっちゃぁただでさえ少ない体力を・・・・・以下同文。

だらだらと上り坂が続く3キロの道を進み、途中『心臓破りの坂』なる悪所を過ぎ、やっとのことで登山口。
そこから石段と山道をひたすら登ること約4キロ。頂上にある愛宕神社でめでたくゴールの行程は
中学生女子の平均所要時間90分やそうですが、体力も持久力も根性もやる気も持ち合わせてないんで
毎年3時間くらいかけて登ってたけどな(笑)

途中あちこちにジャージ姿の先生が立ってはって『走れ走れ!しんどかったら歩いてもええから止まんな!』
とかなんとか叱咤激励してくれはるんですけど、はっきり言うてええ迷惑。
もう頼むからほっといて、っていうかもう帰らして~って感じでそれはそれはしんどいもんでした。

運動部の面々なんかはムダに盛り上がりはるんですよおもに顧問が。
たとえばバレー部とかテニス部とかバスケ部なんかで毎年告示されるんが
『全員20位以内に入らんかったらペナルティ』いや、バレー部部員だけで30人以上居るんやけど(苦笑)
まあね、もう30年から前の話やからね。(自分で言うてビックリ!30年前かぁ・・・・・しみじみ)
うさぎ跳びも千本レシーブも愛の鉄拳制裁も大手を振ってまかり通ってた時代やから、そんなアホな矛盾も
当たり前みたいに受け止めてはったんですね~イヤホンマ文化部でつくづく良かったわ。

で、個々それぞれモチベーションとタイムに大きな幅はあれど、なんとか必死の思いで頂上まで行ったら
その場で現地解散!・・・・・て、なんじゃそりゃ。
運動部のコなんかはどうかしたら60分切るタイムでゴールしはるんですけどわたしら3時間ですからね。
もうほとんどみんな帰路についてるわけなんですよ。
お弁当も持たずに早朝から走りっぱなしやし、先生も早よ帰りたいんやろね。
ゴールして証明書にハンコもろたら即、『早よ、下りろ』と追いまくられるっていう。

いやさっきまで『早よ上れ』っつってたやん!

大昔どっかの国で目的もなくただ大きな穴を掘らせてある程度の深さになったら今度はそれを埋めさせる
っていう刑罰があったらしいけど、そん時の囚人の気持ちが分かるわ~~~

で、また4キロの登山道を下って3キロの道のりを歩いて釈迦堂まで戻ったらそのまま自宅まで徒歩30分。
家に着く頃には日も傾き空腹も限界、足はがくがく腰はへろへろ。この時だけは切実に転校したい!
思ってたそんな中学時代の思い出・・・・


閑話休題。

ま、そんなわけで中学卒業以来、足を向けたことのなかった嵯峨釈迦堂=清凉寺ですが、このたび
30年ぶりにお邪魔いたします(*^^*)
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のっけから大迫力の御門がのしかかってくるように建てられています!こちらは仁王門
江戸時代に建立され1776年に再建。楼上には十六羅漢が祀られており、府の重要文化財に指定されています。
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『五臺山』の扁額は、宋より帰国した奝然上人(ちょうねんしょうにん)が近くの愛宕山を宋の五台山になぞらえ
ここに大寺院を建立しようとしたことに由来するそうです。

門の両脇には赤ら顔の金剛力士が睨みを利かせていました。
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こちらは室町時代の作品だそうです。
また木鼻もなかなかの見応え!境内の外側と内側で造詣が違っているのも面白く感じます☆
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境内側は獏(写真左)、門外側は獅子(写真右)。どちらも無彩色ながら生き生きとした彫り跡が素晴らしい!

清凉寺(嵯峨釈迦堂)・・・浄土宗の寺院。山号を五台山と称します。
中世以来「融通念仏の道場」としても知られており、ご本尊は釈迦如来。本堂に安置する国宝の
三国伝来の木造釈迦如来立像が有名であったことから嵯峨釈迦堂の名で親しまれています。
元々は嵯峨天皇の皇子である左大臣源融の別荘があった場所だったそうな。
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浄土宗の開祖 法然上人像。

仁王門からまっすぐ正面に建つのが本堂(釈迦堂)です。
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間口7間におよぶ入母屋造の堂々たる伽藍で、一度は嵯峨の大火で焼け落ちたものの徳川綱吉公の母、
桂昌院の寄進により1701年に再建されました。
ご本尊である木造釈迦如来立像はこちらに安置されています。
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瑠璃色が目にも鮮やかな『梅檀瑞像』の扁額。
黄檗宗開祖、隠元(インゲン豆の語源になった御坊)の手蹟によるものだと伝えられています。

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非常に大らかなイメージの禅宗伽藍ですが、その細部は繊細で鬼瓦や降り鬼にも生き生きとした表情が見えます。
蟇股には龍、木鼻は象があしらわれていました。

広々とした境内には、清凉寺竹仙という湯豆腐で有名な京料理のお店もあります。
前庭に植えられたたくさんの梅の木はまだまだ蕾が固い様子でしたが、ほんのちょっとだけ可憐な白梅が
花開いていました(*^^*)
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いや~それにしても何がビックリってこれほど存在感のある仁王門も本堂も
全く覚えてない自分に一番ビックリ!
どうやらわたくしの中でずっと強制消去されていたようです嵯峨釈迦堂(笑)
今回の探訪を機に、この記憶を良い感じに上書き保存していきたいものです。

清凉寺の記憶の塗り替え作業は明日も続きますwww

どげんかせんとあかん!

最近とみにおうちごはんの手抜きっぷりがヒドイことになってます。
外食の回数も増えました(><)
日々のルーティンワークにやる気がどうのテンションがどうのと言ってる場合じゃないんですけど
モチベーションが上がらないと、そういう気持ちが如実にお料理に反映されるんですね。
いっそブログネタになるくらいマズイとかだったらそれはそれで使い道もあるんですが
味も微妙~~~見た目も微妙~~~なためにますますモチベーションが下がる悪循環。。。

とりあえず記録代わりの画像をざっくりと貼り付けておきますが、ホント覚書みたいなものなんで
するするスルーっとしていただければ幸いです(^^;
せっかくご訪問いただいた皆さま、すみませんこんな更新でm(_ _)m

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左上:キスの干物・きゅうりとわかめの酢の物・白菜のおかかポン酢和え・豚汁
右上:手羽元とじゃがいものスープ煮・色々プチトマトのサラダ・鶏ハムの残り
左下:もずくと白菜のおじや・かぼちゃと黒豆の炊いたん・ナムル盛り合わせ・卵の袋煮きのこあんかけ
右下:鶏骨ぶつ切りときのこの塩スープ・ほし山さんのチヂミ・エビの生春巻き(市販品)とキムチ・
    豚トマ炒め(娘の夜食の残り)・アーリーレッドと大根のサラダ

で、昨日はボス夫さんと2人鍋。前日に作った鶏ときのこの塩スープ(上参照)が残っていたので
これをベースにキムチ鍋にしました。
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アサリとタラを入れたんですけど、牡蠣の方がよかったかな~。。。お豆腐が美味しかったです(*^^*)

〆は大量に余っていた冷凍ごはんを大放出(笑)
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いつものような溶き卵にせず目玉のまま落として半熟にしてみたらこれがメロウマ💛💛💛

さてきょうの晩ごはんは何にしましょうか・・・・・とにかくどげんかせんとあかん!


いつにも増して愚につかぬ記事、大変失礼いたしました。
明日よりまた『よりみち紀行~嵯峨路をゆく』の続きをお送りします、脱線しながら(笑)

よりみち紀行~嵯峨路をゆく その1

こんばんは(*^^*)なんやかやでご無沙汰でございます。
めっちゃ忙しくしてました!とか体調崩して寝込んでました!とかじゃなく
ただただなんとなくぼーっとしてた・・・みたいな?(^^;
最近なにかと気力が下がりがちですが、せめてブログではテンション上げて
今日もはっちゃけていきたいと思います(笑)

水曜日は仕事がお休みだったので、行きつけのパン屋さんに朝の食パンを買いに行きました。
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外に出てみると久しぶりに陽が差していいお天気(*^^*)

せっかくなのでカメラも持ち出してちょっと近くの神社に寄り道して行ってみよう!

まずは、パン屋さんに行くたびに一度拝観してみたいな~と思っていたこちらのお社から♪
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福王寺神社・・・宇多天皇の母である班子皇后をお祀りし、宇多天皇が仁和寺を開いたことから
       仁和寺の鎮守神とされています。『福王寺』の名は、班子皇后が多くの皇子皇女に
       恵まれたことに由来しており、地元では“ふこっさん”の通称で親しまれています。

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すっくと立つ雄々しい狛さんに両脇を固められているのが石造りの明神鳥居。徳川時代初期に造られたもので
拝殿、本殿、二基の石灯籠などとともに国の重要文化財に指定されています。

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入母屋造、銅板葺の拝殿です。重文指定にふさわしくシンプルながらどっしりとした落ち着きがありますね。

祭神である班子皇后は非常に気さくな人柄の方であり、気軽に散策など出かけられて近隣の民からも
とても慕われていたそうです。一説ではここ福王寺の地は班子皇后の陵墓があったとも伝えられており
古くより東紙屋川、西広沢大沢池畔、嵯峨野、南三条あたりまでの産土神として厚く崇拝されています。
また多くの皇子皇女に恵まれたことから、『子宝安産』『夫婦和合』のご利益があるのだとか。

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こちらは本殿。一間社の春日造の建物は一度、応仁の乱の際に他の伽藍や御室仁和寺とともに
焼け落ちてしまいましたが、その後徳川第3代将軍家光の寄進により再建しました。
奥にある神殿の屋根は非常に珍しい木賊(とくさ)葺き。これは水に強いさわらの木を使って葺いたもの。
2000年に開催された1100年祭の前に行われた修理により360年前と同じ工法で甦ったのだとか。
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仁和寺の守護神であり皇族とも深い縁をもつことから社紋には皇室と同じ十六紋菊が使われています。
絵馬は渋い墨絵の宝船。子宝祈願や安産祈願の絵馬の他に、たぶん地元の園児か小学生と思うのですが
幼い手蹟で『勉強ができますように』や『サッカーがうまくなりますように』などと書かれたものも多くあって
とても微笑ましかったです(*^^*) 

大人の祈願は・・・やっぱお酒ですね(笑)

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本殿の隣にあるのが夫荒神社。平安朝時代の頃に毎夏、洛北の氷室より御所宮中へ氷を献上する習わしが
あったのですが、氷を運ぶ役夫が道を急ぐあまりに、この地で疲労の為も力尽きて息絶えたことから
その御霊をお祀りし、行き交う人々の安全を祈願しているのだそうです。
狛さんも小振りながらきりりとした表情でいかにも頼りになる感じ(*^^*)

福王寺神社の近くには京福電鉄という京都市内を走る路面(一部)電車の線路が通ってます。
市民の足としてはもちろん、市西部のおもだった社寺の近くを通るので観光客の方にも貴重な移動手段として
重宝されているんです☆
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周囲の木はすべて桜!春には絶好のお花見スポットになりそうですね(≧▽≦)

このまま家に帰るにはもったいないお天気だったので、もうちょっとだけ。。。

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広沢池は京都市の西、嵯峨の地に広がる周囲1.3kmほどの池で、日本三沢の一つにも数えられています。
989年に遍照寺の建立にあわせ庭池として本堂の南に造営されたともいわれ『遍照寺池』の別名も。
また、嵯峨野一帯を開墾した渡来系豪族の秦氏の手によって溜池として造られたとの異説もあるそうです。

夏には五山の送り火に合わせて灯籠流しが催され、それはそれは幻想的な風景をご覧になれます💛
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(2013年8月16日撮影)

さて、先ほどの写真をもう一度よく見てみてくださいませ。
何かおかしなことにお気づきになりませんでしょうか?


そうなんです!実は池にほとんど水がない状態なんです!!
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これは決して枯れてしまったわけではなく、鯉揚げといわれる水抜きの作業がなされた後なんです。

広沢池では毎春ごろに鯉や鮒などの稚魚を1万匹を放流します。そして12月になると大きく成長した魚を
池の水を抜いて採り、地元の人や料亭に安く販売します。
池には『栓』があり、これを開放することで水を抜くのですが、いっぺんにすべて抜き切ってしまうのではなく
ところどころ水溜まりが残るようにして魚を生かしておき、およそ10日ほどかけて売り切るのだとか。
アオコの大量発生を防ぐなど水質改善の効果もある、この鯉揚げの作業は毎冬の風物詩として
地元の人のみならず観光客の方からも親しまれています(^^)

少し曇ってきましたが、まだもうちょっと散策してみたい気がするなぁ。。。

とまあ、こんな感じでどんどん西へと進んでいくっていうね(笑)
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次回はどどーんと大迫力の楼門を有する古刹を巡ります(^m^)

シーズンオフの東福寺 その3

こんばんは☆今日は久しぶりに青空とお日さまを拝むことができました(*^^*)
・・・と思ったら明日は雪の予報が!!まだまだ身のすくむような寒い日が続きますが
冬来たりなば春遠からじの気持ちで乗り切っていきたいですね!

さて。ずいぶん間が空いてしまいましたが、シーズンオフの東福寺レポの続きをお送りいたします。
素晴らしい作庭の数々を堪能させていただいた東福寺は、その敷地内に三ノ瀬川が流れており
その周囲の渓谷は洗玉澗(せんぎょくかん)と呼ばれる紅葉の名所となっています。
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ま、シーズン的に紅葉っぽさは微塵もありませんが(笑)
聖一国師が宋から伝えたといわれる黄金色に紅葉する三ツ葉楓が特に有名なんだとか。

この洗玉澗の上を渡る橋は全部で3基。偃月橋臥雲橋、そして開山堂へと繋がる通天橋です。
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1380年に春屋妙葩が、苦労して谷を渡る僧のために架けたと伝えられています。
昭和34年の台風によって崩壊してしまいましたが2年後に再建。橋脚部分は鉄筋コンクリート製になりました。
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この通天橋を渡った奥にあるのが常楽庵すなわち、東福寺を開闢し日本で最初に国師と称された
聖一国師円爾(えんに)をお祀りしている塔頭です。
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こちらもまた美しくデザイン性の高い前庭が印象的!表門をくぐり真っ直ぐ伸びる参道の真正面に建つ
どこか異国風の楼閣にも目が奪われます(☆▽☆)
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参道の右手にあるのが築山を築いた池庭で、池中に亀島、枯滝が配置されています。
東福寺の境内やお庭を歩いていてずっと感心していたのがその水の美しさです。
どうしても流れが滞りがちになるために、お世辞にもキレイな水、とはいえないことが多いのですが
この東福寺の池泉に湛えられている水は驚くほどに澄んでいて、水底まですっきりと見通せるほど!
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常楽庵は開山堂・昭堂・客殿(普門院)・塔司寮(書院)・庫裏・楼門、鐘楼・裏門の七棟から
構成されておりそのすべてが重要文化財にし指定されています。
中でも中心的なのが円爾像を安置する開山堂。1268年に造営され一度は焼失しましたが
1823年に再建されました。
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禅宗寺院には珍しく楼閣を持っているのが特徴で、二階の楼閣部分をして伝衣閣(でんねかく)と称します。
金閣(鹿苑寺)、銀閣(慈照寺)、飛雲閣(西本願寺)、呑湖閣(大徳寺塔頭芳春院)と並んで
「京の五閣」とも言われているのだとか。
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客殿すなわち普門院は、円爾聖一国師が常住した方丈です。
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寝殿造風の建物で、時の摂政関白九條道家が、開山として招いた聖一国師の居住所として建てたもの。
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開山堂と普門院に囲まれるように設えられたのが、非常にモダンな枯山水庭園。
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約330㎡の空間にきっちりと測ったかのように正確な市松模様の砂紋が広がっています。
最初に見た池泉庭園が高低差を強調しているのに比べてこちらは非常に奥行きを感じるデザインですね。
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明治の廃仏毀釈で規模が縮小されたとはいえ、今なお25か寺の塔頭を有する東福寺。
境内を出ると周囲を取り囲むように大小さまざまな寺院が連なっています。これを全て廻るのはさすがに
今まで黙って付き合ってくれているボス夫さんにも少々気兼ねしますので、ほんの少しだけ(^^;
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同聚院(どうじゅいん)は藤原道長が建立した五大堂の遺跡で、五大明王のうち不動明王が祀られています。

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こちらは毘沙門堂勝林寺。1150年に第二百五世住持高岳令松によって創建され
仏法と北方を守護する毘沙門天を祀ることから「東福寺の毘沙門天」と呼ばれ、多くの信仰を集めています。
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本堂は大檀那であった近衛家の大玄関を移して建立されたのだとか。こちらでも冬の特別拝観が
催されており3月18日まで本尊「毘沙門天立像」の他にも明兆筆「瀧見観音図」、「七難七福図」などの
寺宝が特別公開されています(^^)
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境内には一切経を埋めた石塔が建てられていました(写真右上)

・・・・・そしてなぜかナマズがひなぼっこ(笑)

というわけで、総撮影数180葉に及んだ今回の東福寺ウォーク♪
冬まっただ中で桜も紅葉もありませんでしたが、その魅力を存分に楽しむことができました(^人^)
意外とおすすめです!人気社寺のオフシーズン拝観☆
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ほんのちょっとのつもりが・・

真冬の磯で釣ってきた魚を食べてみよう!

こんばんは~☆今日もまた一段と冷えましたね。
寒さに身を縮めながら歩くので肩が凝ってしゃーないあすもです(><)
良い姿勢をキープするためにも早く暖かくなって欲しいなぁ。。。

さて、土曜日に人生初の磯釣りに挑戦したボス夫さんの釣果を食べてみました♪
その日の夜にとりあえず下ごしらえだけ済ませて塩を振り、冷蔵庫でじっくりと乾かします。
水分が抜けた魚は一夜干しのような感じに身が締まって捌きやすくなるんですね。

実は小さめのグレ3尾はすぐに三枚におろして皮を剥いてみたんですが
素人が弄るには身が柔らかすぎてグズグズになっちゃったんです(--;
とりあえずまとめて冷凍してありますが、こりゃすり潰して団子にでもするしかないかもorz

一番大きなグレはそのままどかーんと煮付けにしてみました(^m^)
昨日の晩ごはん
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グレの煮付け
水菜と大根のサラダ
パプリカのおひたし
きのこのとろろ汁

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 鍋に煮汁(水・めんつゆ・みりん・白だしで、うどんのダシよりちょっと甘いくらい)を張り、
 スライスした生姜と胴に切れ目を入れたグレ・えのきだけ・ぶつ切りの白ネギを並べたら火にかけます。
 沸騰する直前に火を弱めて蓋をし、時々煮汁を回しかけながら弱火でじっくりと煮ます。魚が柔らかく煮えたら
 一度火を止めそのまま冷まします。いただく前にもう一度温めてからお皿に魚とえのき、白ネギを盛り付けたら
 残った煮汁を再び火にかけてふつふつと湧いたら卵を落として火を止めて蓋をして半熟状にします。
 仕上げに卵ごと煮汁をかけて完成です♪


冬の魚というのはやはり脂のりがいいようですね。手にした時からずっしりと持ち重りしていたのですが
柔らかく蒸し煮にするとその真っ白な身がフワフワになって、ちょっとした高級魚っぽくなった気がwww
えのきだけが思ったより味濃かったのでもしかしたらもうちょっと後から加えた方がいいかもしれません(^^;

実は今回どうしても煮付けを作りたかった理由というのが、この『煮汁で煮た半熟卵』
食べてみたかったからなんです(*^^*)
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美味しそうなお料理やお菓子、時には自家製パンでわたくしの目を楽しませて下さるくいもの雑記
管理人チャコさまから教えていただいて以来、煮魚を作るチャンスを虎視眈々と狙っておりました!
ほどよく脂ののったグレの白身に半熟卵と煮汁が絡んでメロウマ~☆(≧▽≦)
ついついアルコールの誘惑に負けてますが、これ絶対に白ご飯にも合う!!
チャコさま、予想通り・・・いえ予想を上回るウマウマ卵をご教授いただきありがとうございました💛
煮魚を作る楽しみがひとつ増えましたよ~(*^▽^*)

副菜はさっぱりあっさりと。。。
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水菜と千切り大根は胡麻ドレッシングと刻んだ胡桃でいただきます☆
写真ではきのこにすっかり隠れてしまってますが(笑)底には摺った山芋が入ってます。
少し出汁を濃い目に取るのがポイント♪

続いては今日の晩ごはん
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ガシラ?メバル?の二夜干し
ひじきとコーンのツナ炒め
かぼちゃの炊いたん
豆腐のきのこあんかけ

ガシラ・・・だと思うんですけどメバル??はかなり水分が多かったのでしっかりと塩してから二晩干したのを
シンプルにグリルで焼いていただきました。これがなかなか香ばしくて淡泊ながら旨みもちゃんとあって
塩干としても充分に満足できる美味しさでした(*^^*)
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海の幸に合わせて副菜も海のものを♪
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 戻したひじきとツナ缶、ホールコーンをオリーブオイルでざっと炒めてめんつゆで味を調えます。
 最後に短めに刻んだ水菜を加えて一混ぜしたらできあがり☆

とまあ、フライパンに入れたら2分で完成(笑)あともう一品!というときに重宝するレシピです(^^)
昨日のきのこ汁が余っていたので水溶き片栗粉でとろみをつけて湯通しした豆腐に回しかけました。

ここのところ『食べられる魚』があまり釣れてなかったので、久しぶりに食べ応えがあって嬉しいです♪
来週はどんな魚にお目見えできるでしょうか?

・・・いや、まずは無事なボス夫さんの顔を拝むのが先決ですねww


↓最近ハマってます♪

滋賀ドライブ~守山&琵琶湖博物館

こんにちは(^^)
本日は東福寺レポをちょっとお休みして、土曜日に娘とドライブに行ったお話を(*^^*)

今日2月1日に記念すべきハタチの誕生日を迎えた娘なんですが、セルフプレゼントとして
スキー板のセットを新調することにしたんだとか。
そこでわたくしも一緒に滋賀県にある大手販売店『モリスポ』までドライブがてら足を延ばします♪
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それにしても広い店舗にたくさんの品揃え!板やブーツの他にも様々なウィンタースポーツグッズが
ひしめき合っていて、娘も帽子やサングラスなどあれこれをいつまでも物色してました。

超過してしまった予算は、おじいちゃまからの誕プレということでご助力いただき(笑)
無事に気にいったセットが買えたみたいで良かった良かった♪
新しい板を眺めては『明日にでも行きたい!』とご満悦の様子です(^^)

さて、せっかく滋賀県までやってきたので琵琶湖にでも行きたいね!ということになりまして
まずはショップの近くでしっかり腹ごしらえすることにwww
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守山駅前の『守山銀座商店街』中ほどにあるresutaurantカシトラさんは、創業50年の
老舗洋食専門店で、デミグラスソースやカレー、タルタルソースなども昔ながらの製法で
地産地消、自家製にこだわったメニューを提供してくださいます(*^^*)

わたくしがオーダーしたのは
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自家製デミグラスソースたっぷりのオムライス💛
まずご自慢のデミソース。濃厚で奥深い深みがある本格派ながら、それでいてとても親しみのある
懐かしい感じのお味でバカウマ☆メロウマ(≧▽≦)
美しい焼き加減の卵に包まれたチキンライスは、『料理上手のおかあさん』が作ってくれた感じで
まさにこれがチキンライスだっ!!と唸りたくなること請け合いです♪

お店にはいかにも近所の常連さん的な方も多くてアットホーム&昭和風レトロな雰囲気なんですけど
お料理はどれも丁寧に作られた本格派!しかもとてもリーズナブルなお値段で、
こういうお店が近所にぜひ欲しい!でも近所にあったらおうちごはん作らなくなるかも!!
なんて思っちゃいました(笑)

近くにある地域交流センターの駐車場に停めたんですが、
(この駐車場、最初の1時間はタダ☆その後も30分100円と驚きの安さ!どっかの戎っさん近隣の
 駐車場もぜひ見習っていただきたい!!←詳しくはコチラ
駐車場を探している時に偶然見つけたお寺にちょっとお邪魔してみました♪
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比叡山東門院守山寺・・・788年に最澄が延暦寺を建立した際、四境にそれぞれ門を構えました。
そのうちの東門が、根本中堂開闢(かいびゃく)供養ののち桓武天皇により比叡山東門院守山寺の名号が
下賜され、地名も守山と称するようになったそうです。
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仁王門には真っ赤な大提灯が掲げられていました。
こちらは院内で最も古い建物で、坂上田村麻呂が戦勝祈願をしてみごと勝利をおさめたという謂れから
門出仁王とも呼ばれます。確かに古色豊かな仁王像にも迫力が感じられますね~(*^人^*)

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大木の松に守られるように建つ本堂は、昭和61年の火災被害ののちに再建。
ご本尊の十一面観世音菩薩は一木造りであったために難を逃れ、現在は堂内厨子に安置されています。
堂内拝観は事前の予約が必要ということで、お参りにとどめさせていただきました。
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こちらは、琵琶湖を一周する近江西国三十三ヶ所観音巡りの第二番札所湖国十一面観音霊場第五番札所
近江湖南二十七名刹霊場第二十三番札所にも指定されているそうです。
本堂の木鼻は勇壮にしてスマートな印象の象でした(*^^*)

境内で圧倒的な存在感を誇る親子ガエルwww
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比叡山を守る寺として隆盛を誇り、また中山道の宿場町として朝鮮通信使特使の宿泊所にもなるなど
地域の中心的存在であった東門院ですが、戦後は守山の街並みとともに衰退しつつあるのだとか。
この状況を憂慮した門前の呉服店主の北川一氏が寄進された親子ガエルには、
『守山宿よ、もう一度よみガエルよう、もう一度サカエルよう』との願いが込められているそうです。
また眼・脚・腰の悪いところを撫でることで『甦ガエル』や、無事故で家に『無事カエル』『若ガエル』 
『金カエル』『福カエル』『失せものカエル』などなど盛りだくさんのご利益があるらしいですよww

守山市は古来より東山道の宿駅として栄え、江戸時代に東山道から中山道に改められた際に
正式宿場として制札が下され認可されました。東京は板橋から六十七次の最終宿場にあたり、
京都三条大橋から中山道を通って江戸方面へと向かう『東下り』の人々は、この守山で
最初の夜を過ごしたそうです。ちなみに京都からの距離はおよそ34.4キロ!
昔の方は本当に健脚だったんですね~(@0@)


続いて見えてきたのは天満宮です。
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いかにも地元の鎮守さまといった様相で特に由緒書なども見当たらず、その縁起は分かりませんが
すらりと建つ石造りの鳥居から拝殿までまっすぐ伸びる参道が清廉な印象のお社です。

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柔らかい巻き毛とくりくりとした眼が若々しい狛さん💛
菅原公ゆかりの天満宮ということで、学業成就の絵馬には馥郁と咲く白梅が描かれていました。

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青銅屋根の御門の向こうから檜皮葺の唐破風屋根がのぞく本殿。正面から拝観してるといかにも
シンプルで地味な印象なんですが、ぐるりと横に回ってみるとこれがなかなか!!
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紅梅の向こうに白木も鮮やかな社殿の様子が垣間見えます。蟇股、虹梁の見事さに惚れ惚れ💛💛💛
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今にも飛び出してきそうな龍の造詣が本当に素晴らしい(≧▽≦)
特筆すべきは虹梁に華やかに咲いた梅の花と三頭の牛・・・天神のモチーフを精緻な彫りで表現した
非常にデザイン性の高い装飾はこれだけでひとつの美術作品といってもいいのではないでしょうか。

木鼻は、眼に強い力を感じる象。こちらも繊細な刃運びが素晴らしい~!
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意外にも・・・といえばたいそう失礼ですが、小さな境内に見どころがぎゅっと詰まったお社でした(^^)

それではいよいよ琵琶湖に向かいましょう♪
最終目的は湖畔に突き出た烏丸半島にある琵琶湖博物館です。
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冬の日差しが雲間から差し込んで湖面をキラキラと輝かせています(💛▽💛)
景色は最高の美しさですが、湖からの風は身を切るような冷たさでじっとしてられな~い!(涙目)
娘とふたり、逃げるように(笑)建物に向かいました(^^;

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滋賀県立琵琶湖博物館は1996年開館。湖をテーマにした博物館としては日本最大規模であり、
博物館の他に淡水水族館や246席のホール、実習室、図書室などの学究施設やレストラン、授乳室など
さまざまな利用者に対応しています。

博物館では琵琶湖を主テーマに、その成り立ちから歴史、環境、人との関わりについて詳細かつ分かりやすく
展示されています。
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こちらに娘と来るのはおよそ10年ぶり!
まだ小さかった娘がお気に入りだった展示もそうでない展示(笑)も全然変わってなくて
なんだかとっても懐かしい~(*^^*)
中でも昭和時代から平成までの文化やエンターティメントの移り変わりを示した展示(写真右下)が
昔から大好きだった彼女。10年ぶりの今回もひとつひとつ熱心に見て回っていました♪

わたくしの好きな展示はナウマンさん(笑)
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ナウマンゾウの原寸大化石を復元した骨標本は大迫力!
身長156センチのあすもなどすぐに踏みつぶされそうな勢いですね(笑)

苦手な方はゴメンなさい(^^; さまざまなプランクトンが一覧になっていました。
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これが全部自然の造形なんですね~~なんてアーティスティックなんだ!

じっくりと展示を楽しんだあとは淡水水族館へと向かいましょう(^^)
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水中トンネルはまるで琵琶湖の湖底を歩くかのようです。ブルー一色の世界が幻想的💛

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淡水水族館なので、イワナや鮎、ザリガニ、亀などとてもなじみ深い生き物たちがたくさん♪
泳ぎが早くてカメラには収められませんでしたが、ガーやチョウザメといった大型外来魚も大迫力で楽しめます!
お土産はシュールなプランクトンのぬいぐるみなんていかがでしょう(笑)

10年ぶりの博物館、娘と二人で童心に帰って夢中で眺めていたらふと窓の外を見てビックリ!!!
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吹雪いとる~~~っ!!

しばらく博物館のレストランでお茶をしながら雪が小止みになるのを待つことにします。
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偶然にも娘の大学の友人が近くまで来ているということで、ご一緒することになりました(*^^*)
同じ野球サークルの男の子でゴルフ部にも所属しているので、ボス夫さんとも練習場でよく顔を合わすそうな。
とっても愛想が良くてこんなオバチャン相手でも気持ちよく話してくれる好青年なのだ☆

お茶を飲んでケーキを食べ終わる頃には雪もやんで陽が差してきたようです。
それでは帰宅するといたしましょう。。。
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帰りは琵琶湖湖岸道路を走りました。ちょうど雲間からのぞく夕陽がフロントガラスを染め上げて
ドライブの終わりを美しく彩ってくれました(≧▽≦)
ちなみに運転は娘。撮影したのは助手席にふんぞり返るわたくしですwww

娘と二人で行く琵琶湖ドライブデートは、ショッピングにグルメに社寺めぐりに博物館&水族館と
一日たっぷり盛りだくさんの楽しさでした♪
普段はとても忙しい彼女ですが、たまにはこうしてママのためにもお時間空けてくれると嬉しいな💛
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 ↑博物館の駐車場から琵琶湖を望む


無事に生還いたしました\(^▽^)/
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