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よりみち紀行~嵯峨路をゆく その2

先ほどは愚痴めいた記事で失礼いたしました<(_ _)>
本日二投目は、よりみち紀行の続きをお送りいたします☆

さて、広沢池を後にして田圃の間をゆるやかに伸びている一本道を西へ西へと向かいますと
旧嵯峨御所大本山大覚寺門跡が見えてまいります。
平安時代初期、嵯峨天皇が檀林皇后とのご成婚の際に新室として嵯峨の地に離宮を建てられたのが
始まりといわれています。876年に皇孫の恒寂入道親王を開山として真言宗大覚寺派の本山となりました。
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1200年有余の歴史をもち、代々の天皇皇統が門跡を務めた格式高い門跡であり、
いけばな発祥の地として『いけばな嵯峨御流』の総司所(家元のこと)でもあり、時代劇をはじめとする
さまざまなドラマや映画のロケ地としても有名な見どころ満載!!

その魅力を余すところなくカメラに収めるには甚だ時間も準備も足りません。残念ながら今回は
するっと素通りさせていただきまして、次の機会にぜひじーーーーっくりと拝観させていただきましょうww
皆さまには過去に撮影した画像をご覧いただいております(*^^*)
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さて、大覚寺の前を過ぎてなおも西へと進みますと、どん詰まりにあるのが清凉寺でございます。
地元では清凉寺というよりも嵯峨釈迦堂の名の方が通りのいいこちらのお寺、じつはわたくしにとっては
あまり良い印象がなかったんです(^^; その理由は裏あすもさんに語っていただきましょうww

通っていた中学校で毎冬に『愛宕登山競争』っつう行事がありまして。
ま、早い話が標高924mの愛宕山に走って登る、という運動音痴泣かせのイベントなんですけど
この集合場所が清凉寺すなわち嵯峨釈迦堂やったんですね。市街地に背中を向けた西のどん詰まりなんで
朝8時集合とか言われても間に合うバスとかないんですよ。しゃーないから早朝の寒空の下30分かけて徒歩!
こっちゃぁただでさえ少ない体力、ちょっとでも温存したいっちゅうねん!!

この時点ですでに嵯峨釈迦堂に対する印象がかなり悪うなってるわけなんですけど、それに輪をかけるのが
愛宕登山競争のスタート地点が登山口ではなく、およそ3キロ離れたここ釈迦堂っていう事実。
だーかーらーこっちゃぁただでさえ少ない体力を・・・・・以下同文。

だらだらと上り坂が続く3キロの道を進み、途中『心臓破りの坂』なる悪所を過ぎ、やっとのことで登山口。
そこから石段と山道をひたすら登ること約4キロ。頂上にある愛宕神社でめでたくゴールの行程は
中学生女子の平均所要時間90分やそうですが、体力も持久力も根性もやる気も持ち合わせてないんで
毎年3時間くらいかけて登ってたけどな(笑)

途中あちこちにジャージ姿の先生が立ってはって『走れ走れ!しんどかったら歩いてもええから止まんな!』
とかなんとか叱咤激励してくれはるんですけど、はっきり言うてええ迷惑。
もう頼むからほっといて、っていうかもう帰らして~って感じでそれはそれはしんどいもんでした。

運動部の面々なんかはムダに盛り上がりはるんですよおもに顧問が。
たとえばバレー部とかテニス部とかバスケ部なんかで毎年告示されるんが
『全員20位以内に入らんかったらペナルティ』いや、バレー部部員だけで30人以上居るんやけど(苦笑)
まあね、もう30年から前の話やからね。(自分で言うてビックリ!30年前かぁ・・・・・しみじみ)
うさぎ跳びも千本レシーブも愛の鉄拳制裁も大手を振ってまかり通ってた時代やから、そんなアホな矛盾も
当たり前みたいに受け止めてはったんですね~イヤホンマ文化部でつくづく良かったわ。

で、個々それぞれモチベーションとタイムに大きな幅はあれど、なんとか必死の思いで頂上まで行ったら
その場で現地解散!・・・・・て、なんじゃそりゃ。
運動部のコなんかはどうかしたら60分切るタイムでゴールしはるんですけどわたしら3時間ですからね。
もうほとんどみんな帰路についてるわけなんですよ。
お弁当も持たずに早朝から走りっぱなしやし、先生も早よ帰りたいんやろね。
ゴールして証明書にハンコもろたら即、『早よ、下りろ』と追いまくられるっていう。

いやさっきまで『早よ上れ』っつってたやん!

大昔どっかの国で目的もなくただ大きな穴を掘らせてある程度の深さになったら今度はそれを埋めさせる
っていう刑罰があったらしいけど、そん時の囚人の気持ちが分かるわ~~~

で、また4キロの登山道を下って3キロの道のりを歩いて釈迦堂まで戻ったらそのまま自宅まで徒歩30分。
家に着く頃には日も傾き空腹も限界、足はがくがく腰はへろへろ。この時だけは切実に転校したい!
思ってたそんな中学時代の思い出・・・・


閑話休題。

ま、そんなわけで中学卒業以来、足を向けたことのなかった嵯峨釈迦堂=清凉寺ですが、このたび
30年ぶりにお邪魔いたします(*^^*)
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のっけから大迫力の御門がのしかかってくるように建てられています!こちらは仁王門
江戸時代に建立され1776年に再建。楼上には十六羅漢が祀られており、府の重要文化財に指定されています。
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『五臺山』の扁額は、宋より帰国した奝然上人(ちょうねんしょうにん)が近くの愛宕山を宋の五台山になぞらえ
ここに大寺院を建立しようとしたことに由来するそうです。

門の両脇には赤ら顔の金剛力士が睨みを利かせていました。
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こちらは室町時代の作品だそうです。
また木鼻もなかなかの見応え!境内の外側と内側で造詣が違っているのも面白く感じます☆
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境内側は獏(写真左)、門外側は獅子(写真右)。どちらも無彩色ながら生き生きとした彫り跡が素晴らしい!

清凉寺(嵯峨釈迦堂)・・・浄土宗の寺院。山号を五台山と称します。
中世以来「融通念仏の道場」としても知られており、ご本尊は釈迦如来。本堂に安置する国宝の
三国伝来の木造釈迦如来立像が有名であったことから嵯峨釈迦堂の名で親しまれています。
元々は嵯峨天皇の皇子である左大臣源融の別荘があった場所だったそうな。
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浄土宗の開祖 法然上人像。

仁王門からまっすぐ正面に建つのが本堂(釈迦堂)です。
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間口7間におよぶ入母屋造の堂々たる伽藍で、一度は嵯峨の大火で焼け落ちたものの徳川綱吉公の母、
桂昌院の寄進により1701年に再建されました。
ご本尊である木造釈迦如来立像はこちらに安置されています。
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瑠璃色が目にも鮮やかな『梅檀瑞像』の扁額。
黄檗宗開祖、隠元(インゲン豆の語源になった御坊)の手蹟によるものだと伝えられています。

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非常に大らかなイメージの禅宗伽藍ですが、その細部は繊細で鬼瓦や降り鬼にも生き生きとした表情が見えます。
蟇股には龍、木鼻は象があしらわれていました。

広々とした境内には、清凉寺竹仙という湯豆腐で有名な京料理のお店もあります。
前庭に植えられたたくさんの梅の木はまだまだ蕾が固い様子でしたが、ほんのちょっとだけ可憐な白梅が
花開いていました(*^^*)
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いや~それにしても何がビックリってこれほど存在感のある仁王門も本堂も
全く覚えてない自分に一番ビックリ!
どうやらわたくしの中でずっと強制消去されていたようです嵯峨釈迦堂(笑)
今回の探訪を機に、この記憶を良い感じに上書き保存していきたいものです。

清凉寺の記憶の塗り替え作業は明日も続きますwww
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コメント

No title

おはようございます、中学時代の思い出は強烈ですね。
あすもさん今だったら、ヨガで鍛えているので1時間くらいで登れるかもしれませんね。
中学の時は登るのに必死で周り見ている余裕はなかったんですよ。

2015/02/11 (Wed) 08:22 | 知恵ママ #- | URL | 編集
No title

金剛力士も木鼻も、すばらしいですね~~。
そしてなのも覚えていなかったというあすもさん(笑)
って、笑ってる場合じゃないです。
私も修学旅行で京都行ったけど
なんも覚えてないです(汗)

恩田陸さんの『夜のピクニック』
小説も映画も見たんですけど、
あれは一晩かけて歩く行事の話でした。

一晩かけてってのはなかったですが、私の高校時代にも山登って降りるのありました^^
友達と結託してゆっくり時間をかけて戻った記憶が^^;
本を読んだときの学校の雰囲気は子供達の高校に似てるなと思って、
なんだか甘酸っぱい気持ちになりましたよ^^

あ、あすもさんは囚人の気持ちでしたね。失礼しました(笑)

2015/02/11 (Wed) 17:07 | anon #TY.N/4k. | URL | 編集
知恵ママさま


こんばんは☆☆☆

いえいえ、根性とやる気のなさだけは昔のままですが他は老化の一途を辿ってるので
ゴールすらできない自信がありますwww
ホントは愛宕山の山頂にある愛宕神社にももう一度行ってみたいんですけどね。
当時は到着と同時に下山したのでそれこそな~んにも覚えてないんですよ(^^;

ま、たぶん登る機会はないと思いますそしてできれば登りたくないです永遠に(笑)

2015/02/11 (Wed) 23:47 | あすも #- | URL | 編集
anonさま

こんばんは☆

最初は『なにせ30年ぶりだしな~』って思ってたんですけど、仁王門にも本堂にも塔頭にも
なにひとつ見覚えがないことに我ながらびっくりしました(笑)
もうね、眠かったのと寒かったのと帰りたかったことだけしか覚えてないですエエ(^^;

『夜のピクニック』とは違い、愛宕登山では『一緒に走ろうねっ!』っつってた友達が
気がつくとどんどん先を行ったので、恋の打ち明け話も心を開き合うこともなく
ただ『ああ、人生ってそんなものよね』と学んだ気がしますww
・・・ま、3時間もかけてちんたら歩いてるからなんですけどね(爆)

2015/02/12 (Thu) 00:05 | あすも #- | URL | 編集

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