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寺社あれこれ~建勲神社&泉涌寺

日一日と春めいてきた今日この頃。みなさまいかがお過ごしでしょうか(*^^*)
だんだんと暖かくなるのに比例するようにお出かけ熱も沸々と湧いてきて
あちこちの寺社に参拝することが多くなってきました。
今回はそんな足跡を少しずつご紹介していこうと思います♪

まずはまだ北風が冷たい頃、外回りの終わりにふと立ち寄った神社から。
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建勲神社は最も有名な戦国武将のひとり、織田信長を祭神とするお社です。
その歴史は意外と浅く、明治2年に天皇の下命により創建されました。
正しくは『たけいさお』神社といいますが地元では『けんくんさん』と呼ばれて親しまれています。
写真は国の登録有形文化財にも指定されている大鳥居。木造の明神鳥居で
幅5.5m高さ7.2mに及ぶ堂々たる姿は、まさに建勲神社の顔として恥じない重厚感がありますね。

建勲神社は標高112mの船岡山という小山の中腹にあり、参拝には長い階段を登ってまいります。
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朱色の鳥居をいくつか潜ると見えてくるのは義輝稲荷神社なる摂社です。
渡来人である秦氏が穀物織物の神をお祀りしたのが起源とされ、衣食と商工繁栄をつかさどる『宇迦御霊大神』
住居安泰、病魔退散の神である『国床立大神』、迷いを正し厄除けや交通安全のご利益がある『猿田彦大神』の
三柱を祭神としています。
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お狐さんはなぜか伏せ網の中に入れられていました。山の中なのでたぶん猪や鹿にいたずらされないように
ということだと思うのですが、この稲荷の元宮には『船岡山の霊狐』が祀られており、その神通力によって
さまざまな霊験があると聞けば、むしろお狐さんの方がいたずらをするのかしらんと思ってしまいます(笑)
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稲荷神社のすぐ横にせまる山肌にご注目!
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収斂した地層が幾重にも重なっている様子がお分かりいただけますでしょうか。
山の北側と南側には断層もみられることから地学上、隆起してできた山であるということが分かります。

まだまだ階段は続きます(汗)ヒールのない靴を履いていて良かった~(^^;
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息も切れ始めた頃ようやく境内が見えてきました。

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織田信長が好んでいたという謡曲『敦盛』の一節が刻まれた歌碑(左上)。
戦力に大きな開きがあった強敵今川義元勢に奇襲をかけんとする前夜に、信長が捨て身の覚悟を持って舞うシーンは
小説や映画、ドラマの中でも印象深く覚えておられる方も多いのではないでしょうか(^^)
建勲神社には山麓と山頂にそれぞれ狛犬がいます。こちらは頂きにある本殿を護っている狛さん(右上)。
愛知県岡崎市の戸松甚五郎氏の手によるもので、台座には織田家の家紋である木瓜の花が刻まれています。
拝殿(左右下)は入母屋造り檜皮葺で妻の木連格子と折上小組格天井が非常に美しい均整をみせ、
内側には織田信長公三十六功臣のうち半分の十八功臣の額が飾られていました。

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本殿前方にあるのが神門です。丸みを帯びた緩い起こり屋根が優しげで、峻厳とした信長の印象とは
少し違うように思いますが、あるいは信長公ご本人が伝わらざる優しさを持った方だったのかもしれませんね。

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ここ船岡山の地の神をお祀りしているのが船岡妙見社。桓武天皇によって京の地へ都が移される際、
四神相応における大地のパワーを司る玄武の坐す山として船岡山を北の基点に決めたといいます。
妙見社は船岡山の地の原始神として諸厄消除、万病平癒、家宅守護のご利益があるだけでなく
建勲神社そのものの守護をも担っているのだそうです。

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境内の向こうにもまだ山道は続きますが、さすがに陽が傾いてくると登り詰めるには少々勇気が要りそう(^^;
木々の向こうに広がる京都の街並みを楽しんだら下山するといたしましょう。

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続いては久しぶりにリア友さんとお寺歩きです♪一足早い梅の花を求めてお伺いしたのが・・・
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泉涌寺です。真言宗のお寺で創基は平安時代ともいわれていますが、詳細には異伝があり
実際的な開基は鎌倉時代とされています。皇室との結びつきも強く、後水尾天皇より孝明天皇に至る
歴代天皇が山内に葬られているそうです。

元は御所の内裏門であり重要文化財に指定されている大門をくぐってすぐの所にあるのが楊貴妃観音堂
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世界三大美女のひとりである楊貴妃はその美貌ゆえに傾城と争乱を招き非業の最期を迎えました。
夫であった玄宗皇帝は亡き妃の面影を偲び、香木に貴妃の等身坐像をかたどった観音像を造り
後にその観音像が、ここ泉涌寺に持ち帰られたと伝えられています。
お堂には在りし日の楊貴妃の姿を描いた扁額が掲げられ、境内には願掛け地蔵さまの御姿も。
絵馬は意外にもリリカルで可愛らしいキャラ風の絵柄でした(^^)

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仏殿(左上)は徳川四代将軍家綱の頃に再建されたもので釘や土を使わない工法に特色があります。
ご本尊は鎌倉時代を代表する仏師運慶の手による『三世三尊佛』と呼ばれる阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒如来。
仏殿の隣に並んでいるのが舎利殿(右上)。舎利殿というのはお釈迦さまの遺骨『仏舎利』を納める霊殿のこと。
泉涌寺に納められているのはお釈迦様のなんだとか(@0@)天井には狩野山雪による鳴き龍が描かれています。
泉涌寺の名の由来となった清泉を覆う形で建てられているのが泉涌水屋形(左下)です。
寺の開山である俊芿(しゅんじょう)律師が伽藍の造営を志した際、ここに清らかな泉が湧いたことから『泉涌寺』と
名づけられ、その清泉は今もなお絶えることなく湧き続けているといわれています。
霊明殿(右下)は明治15年に一度焼失しましたがその後、明治天皇によって再建されました。
天智天皇と光仁天皇から昭和天皇(南北両朝の天皇も含む)に至る歴代天皇皇后の尊牌が安置されているそうです。

歴代天皇の御霊が眠るこの霊明殿をお護りするかのように堂々と建つのが唐門
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御紋はもちろん皇室に所縁があることを示す十六弁の菊です。霊廟の御門ですので彩色などの派手さはありませんが
非常に緻密で美しい細工がなされている美麗門でした(≧▽≦)

重厚な伽藍の数々も素晴らしいのですが、泉涌寺で一番の見どころといえば何といっても雲龍院でしょう!
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泉涌寺の南側高台にある別院で、南北朝時代北朝の後光厳天皇の勅願により創建されました。
その後も皇室の帰依を受けて発展し、山内にありながら別格本山という高い寺格が与えられています。

美しく調えられた境内には梅の花がちょうど咲き始めていました(*^^*)
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ほのかに甘酸っぱい香りで胸を満たしつつ可憐な白梅を堪能したあとは、書院へと歩を進めます。
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庭園を囲むようにある5つの部屋からなる書院はとても落ち着いた雰囲気。玄関に飾られていた睨み龍図は
もしかして舎利殿のそれを模したものなのでしょうか??

書院の最奥にある『悟りの間』にあるのが、その名も悟りの窓と呼ばれる丸い飾り窓です。
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真円に刳られた窓の向こうに障子を重ねて、東山を借景にしながら美しい紅梅を眺めれば
その美しさはまるで夢のよう!
雑駁な背景を廃し、ただ一心に点景へと心を集中させる・・・まさに『悟りへの窓』ですね(^人^)

書院のあちこちに心尽くしの活け花が飾られていて見る者の心を穏やかにしてくれます。
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光と影までも計算されていながら、奥ゆかしく楚々とした風情なのがまた心憎いですね~(≧▽≦)

悟りの窓と並んでもうひとつ有名な窓が『れんげの間』にあるこちら。
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しきしの景色と呼ばれるこちらの雪見障子からはひとつひとつ違った風景が楽しめるんです!
すなわち、楓、椿、灯籠、松がそれぞれの窓から望めるのがご覧いただけますでしょうか?
座る位置によって順序が違って見えるのも不思議な面白さがあります。

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さきほどしきしの窓から見た日本庭園をぐるりと回り込むように書院の反対側へ進むと
雲龍院の伽藍である霊明殿・龍華殿へと続いています。
写真右は徳川家最後の将軍である慶喜公が寄進した石灯籠。幕末の混乱期に薩摩藩が放り出していたものを
二条家の血筋であった雲龍院の住職がこっそりと取りに行かせたものだと伝えられています。

*******************************
建勲神社、泉涌寺ともに見応えたっぷりの素晴らしい寺社でした💛
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毎度、長い長い記事に最後まで目を通していただいて本当にありがとうございます!
足を運ぶたびに新しい発見と感動、そして生き方の指針を下さる神域に感謝しつつ
次の行先をあれこれ考えるのも楽しいあすもがお送りいたしました(*^人^*)

次回は3月29日(日)を予定しています。まだまだお寺巡りは続きますよ~(笑)
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コメント

ステキな写真たち♪

なんだか、あすもさんのカメラマンっぷり、
めっちゃプロっぽくないっスかー(≧▽≦)?

パンフレットに出てきそーな写真がいっぱいで、
見ごたえありますわ~~イヤお世辞じゃなく♪

お寺巡りレポ、楽しみにしてまーす(*^^*)

2015/03/25 (Wed) 00:03 | 小藤 #- | URL | 編集
小藤さま

こんにちは☆

なんだかそんな風にいっていただけるとめっちゃ照れます~(≧▽≦)
インスタグラムを始めてから写真の面白さに目覚めたかも!(笑)
あとはやっぱり被写体そのものの良さですね~
泉涌寺の窓、ホント素晴らしかったです💛

2015/03/25 (Wed) 11:18 | あすも #- | URL | 編集
こんにちは☆

階段を見ただけで 疲れてきそう~。^^
網の中の狐さん、何やらくわえていますね。
まさか、ワインのコルク?^^
人間50年だったんですね~。
75歳の家康さんは、長生きでした。(^^)

悟りの窓、良いですね!
れんげの間は さらに凄い!
雲龍院、機会があったら行ってみたいです。(^^)

2015/03/25 (Wed) 17:39 | ボーノ くん #l59D6N6M | URL | 編集
ボーノくんさま

こんにちは☆お返事遅くなってしまいましたm(_ _)m

昔、愛宕登山の時にはトラウマになるくらい石段が嫌いだったんですけど
これが参拝目的だったらいくらでも頑張れるもんなんですね~(笑)

信長本人は享年49(満48)歳といわれているので、お気に入りの謡には
ちょっと届かなかったようですね(^w^;
やっぱり人間、気が長い方が長生きするのかしらんww

雲竜院は地味ながらぜひおススメしたい塔頭です(≧▽≦)
禅の精神と先人の遊び心が見事に融合していてとても感動的でした💛

2015/03/27 (Fri) 14:02 | あすも #- | URL | 編集
こんばんは〜

最近、コメントするのが遅くてすみません!(^^;;

毎度のことながら・・・
思いっ切り「けんくんじんじゃ」です!(笑)
勉強になりま〜す!

網の中の狐さんは
今はイタズラされない様に〜
昔は狐さんが悪戯しない様に〜
なんて考えるのも面白いですね!(^^)

敦盛を舞う信長の、あのシーン
好きなんですよね〜♪
私にとっては「ザ・信長」です!

しきしの景色、最高です‼️
いや、それ以上にあすもさんの画像が
素敵です♪
インスタグラムで腕を磨かれているところを
発揮された素晴らしい画像の数々・・・
写真のセンスもお持ちの、あすもさんが羨ましいです〜

またまた行きたい処が増える
嬉しいアップありがとうございました〜 (*^^*)
楽しい週末をお過ごし下さいね!

2015/03/28 (Sat) 00:46 | 京都 花大黒店主 #- | URL | 編集
Re: こんばんは〜

こちらこそいつもいつも返事が遅くなって申し訳ありません

社寺の読み方ってホントややこしいですよね~!
音読みか訓読みか統一してほしい(^^;
実際のところ歴史上の人物ですら、読み方や漢字は本人も適当だったらしいですし
そもそも『にほん』か『にっぽん』かもはっきりしないおおらかな国のことなので
読みたい読み方でいいんじゃないでしょうか(笑)

敦盛のシーンは白眉ですよね!さまざまな俳優さんがこのシーンを演じてらっしゃいますが
なぜかわたくしの中のイメージは松方弘樹氏なんですよ(笑)
いや(笑)ってのも失礼なんですが、なぜなのかは自分でも謎~(^^;

雲龍院はホントおすすめです(≧▽≦)っておススメばかりしてますけど(笑)
お庭や窓も素晴らしいのはもちろんなんですが、あちこちに美しい花が活けてあったり
どこも丁寧に手を入れられていて、大切にあれているのが感じられる院でした💛

なかなか更新できずにいるんですが(月末っていうのを忘れてました~汗)
まだまだおススメしたいスポットがあるんですよ♪(どんだけ笑)
今後とも気長にお付き合いいただけると嬉しいです(*^^*)

2015/03/30 (Mon) 14:57 | あすも #- | URL | 編集

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